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感想:NHK番組「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」第7回『ドクター・デス 死を処方する医師』

科学

フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿 http://www4.nhk.or.jp/P3442/
放送 NHK BSプレミアム(毎月最終木曜日 21:00~22:00 放送)。

【※以下ネタバレ】
 
※他の回の内容・感想はこちら
perry-r.hatenablog.com
 

第7回 『Case07 ドクター・デス 死を処方する医師』 (2016年10月27日(木)放送)

内容

フランケンシュタインの誘惑「ドクター・デス 死を処方する医師」


人類に功も罪ももたらす「科学」。その知られざる姿に迫る。1998年、カメラの前で医師が患者を殺害するという衝撃の映像が全米に流れた。医師の名はジャック・キボキアン、通称「ドクター・デス」。“積極的安楽死”を掲げて確実に自殺できる装置を考案・作成、生涯に130人余の患者の自殺ほう助を行った。98年の事件はそんな彼がついに自ら手を下した「殺人」だった。死に取りつかれた「ドクター・デス」キボキアンの闇…


●テレビ放送された「殺人」

 1998年、テレビの全国放送で、不治の病の患者が薬物で安楽死する光景が放送された。それを処置したのは「ドクター・デス」こと元医師のジャック・キボキアンだった。



●死に魅せられた医者

 キボキアンは1928年生まれ。医学部で病気の原因を調べる学問「病理学」を学ぶ。彼は死んだ人間の網膜から血管が消えていくことから、死が間近の末期がん患者の目を調べ、いつ亡くなるかを特定しようと試み、それについて論文を書いている。また彼は死刑囚は電気椅子にかけるより医学実験に使うほうが良いとか、ナチスドイツの人体実験は対象者の同意を得ていなかった以外は正しかったとか主張し、周囲から疎まれていった。



●死のカウンセラー

 病院を半ば追い出されたキボキアンは、1987年にミシガン州の新聞に広告を出す。それは死を望む末期の患者の家族にあてたものだった。キボキアンは死を望む患者は「最良の死」を与えられるべきだと考え、専用の装置を開発した。死の神タナトスから名前をとった装置「タナトロン」は、点滴とタイマーを組み合わせたもので、対象者に生理食塩水の点滴を行い、スイッチを押すと、用意された麻酔薬と塩化カリウム溶液が追加され、対象者は眠ったまま心臓発作で安らかに死ぬ、というものだった。あくまで対象者本人が自らの意思でスイッチを入れるのであり、そこに自らが「より良き死を選ぶ」自由があった。

 キボキアンは1990年にこの装置を初使用し、自殺ほう助に問われるものの、無罪となった。以後キボキアンはタナトロンで死を望む人々に次々と処置を施していった。



●マーシトロン

 1994年、ミシガン州はキボキアンから医師免許をはく奪した。医者でなければタナトロンのための薬剤が入手できない。キボキアンは新たに一酸化炭素を使う装置「マーシトロン」を作った。慈悲のマーシーから名前をとっている。これは一酸化炭素のボンベにガスマスクをつなぎ、チューブの途中をクリップで留めているものだった。対象者が自らクリップにつながったひもを引っ張るとクリップが外れガスが流れる。この装置を使えば五分で安らかな死が訪れる。

 キボキアンは何度も自殺ほう助で裁判にかけられたものの、有罪にはならなかった。また亡くなった家族の患者たちが遺族会のような集まりを作り、キボキアンは彼らのヒーロー的存在となっていった。



●ついに自ら手を下す

 1998年、キボキアンはALSで体の自由が利かない男性のために、自ら薬物を注射した。それは今までの「あくまで死を望む人が自らスイッチを入れる」というものとは別次元の、明らかな殺人だった。その一部始終は全国ネットのテレビで放送され大反響となった。やがてキボキアンは殺人罪で逮捕され、有罪となった。2007年、キボキアンは出所したものの、以前のような活動を行うことは禁じられており、大学などで講演を行った。2011年、キボキアンはガンで死去した。


感想

 まあ「科学の闇」とかいうのとはニュアンスが違いますが、安楽死といった医療の世界のあまり語られない部分の話ということで、興味深くはありました。それにしても殺人をそのままテレビで放送するアメリカのテレビ局ってすごいな。


※他の回の内容・感想はこちら
perry-r.hatenablog.com