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感想:海外ドラマ「X-ファイル シーズン6」第6話「クリスマス・イブの過ごし方」

ドラマ


X-ファイル シーズン6 (SEASONSコンパクト・ボックス) [DVD]

■ディーライフ/Dlife X-ファイル シーズン6 http://www.dlife.jp/lineup/drama/xfile_s6/
放送 Dlife。全22話。

【※以下ネタバレ】



※シーズン6の他のエピソードのあらすじ・感想はこちら→「X-ファイル シーズン6」あらすじ・感想まとめ


第6話 クリスマス・イブの過ごし方 HOW THE GHOSTS STOLE CHRISTMAS

あらすじ

http://www.dlife.jp/lineup/drama/xfile_s6/
EP6 クリスマス・イブの過ごし方
クリスマスイブの晩、スカリーはモルダーに呼び出され、"幽霊屋敷"で幽霊捜しに付き合わされる。そこでは昔、モーリスとライダという恋人が永遠の愛を誓い心中していた。

 お題は「幽霊屋敷」。

 12月24日クリスマス・イブの深夜23時。モルダーはスカリーを幽霊屋敷の前に呼び出し、一緒に幽霊を探そうと提案する。この屋敷では、1917年のクリスマス・イブにモリースとライダという若い恋人たちが永遠の愛を誓って自殺し、以後イブの日になると二人が帰ってくるという言い伝えがあった。スカリーは呆れて帰ろうとするが、うっかりモルダーと屋敷に入った途端ドアが閉まり、外に出られなくなる。

 二人は屋敷内で様々な怪現象に遭遇した後、老人の姿になったモリースとライダの幽霊に出会う。幽霊たちは過去同じように屋敷に入ってきたカップルを三組も自殺に追い込んでいた。モルダーたちも幽霊たちに翻弄されるが、日にちが変わる前になんとか屋敷から逃げ出す。

 最後、スカリーがモルダーのアパートにやってきたので、モルダーは今までプレゼント交換をしないと決めていたけど、やっぱり贈るよと言い、スカリーも実は私も用意していたのよ、といってプレゼント交換して良い感じで〆。


監督 クリス・カーター
脚本 クリス・カーター


感想

 評価は△。


 制作総指揮のクリス・カーターが、脚本と監督を担当した回。クリス・カーター監督作品はこれで3作目で、シーズン5・第5話「プロメテウス」、本シーズン第3話「トライアングル」に続いてのエピソードとなったが、前2作同様、「X-ファイル」という作品の枠から外れた変化球エピソードで呆れてしまった。

 内容は、主役コンビがよりにもよってクリスマス・イブの夜にわざわざ幽霊屋敷まで出かけて調査に挑む、という物だが、恐怖・怪奇といった要素は無く、それどころか陽気に喋る幽霊たちがはっきり姿を見せて、モルダーとスカリーが幽霊のいたずらに振り回されるという、どこがX-ファイルなのかわからないエピソードである。かつて真摯にエイリアンや未知の生物や心霊現象や政府の陰謀をテーマとしてきたX-ファイルが、こんなコメディの様な作品を放送してしまうとは、シーズン1の頃から遠くまで来てしまったものである。

 この話は前述の通り恐怖も怪奇も無いのだが、かといって吹き出す様なコメディ話でもなく、実に中途半端な出来である。モルダーがドアを通り抜けようとすると次の瞬間壁になり頭をぶつける場面や、スカリーがモリースとライダが幽霊だと気がついて失神する場面など、多少コミカルなところも有るが、特に笑えるわけでも無い。しかも、終盤モルダーとスカリーが血まみれになって幽霊屋敷の床でのたうつシーンがあるなど、笑いにもシリアスにもよせきれておらず、どっちつかず感の物凄さと言ったらなかった。

 最後、モルダーとスカリーが、今まで互いに禁止していたプレゼント交換を初めて行なって幸せそうにプレゼントの包みを開くシーンで〆、というあたり、もうこれはチャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」のX-ファイル版と考えて間違いないだろう。普段エイリアンだの政府の陰謀だのオカルト話で頭が一杯で、イブの夜にすら幽霊探しに行ってしまうようなダメ人間モルダーが、幽霊と出会う事で自分の間違いを悟って、スカリーにちょっと優しくなる、のだからもう確実であろう。補強証拠として、幽霊屋敷でモルダーがモリースに普段の生活態度をたしなめられるシーンが有るし、さらに終盤モルダーがテレビで見ているのは「クリスマス・キャロル」の白黒映画である。

 結局この話はクリスマス特番(この話は1998年12月放送かつ年内最後のエピソードだった)とでもいうべきもので、X-ファイルでちょっと良い話的なものを放送してみました、という扱いなのだろうが、本気の超常現象エピソードを求める方としては拍子抜け以外の何物でもなかった。クリス・カーターは、自分の監督回は、X-ファイルの世界観を自ら壊すようなエピソードを書いてくるが、制作の総責任者がそういう事をするのはどうかと思わずにはいられない。