【アニメ】今(2010年)明かされるアニメ「キャプテンフューチャー」の秘密の数々

コロムビア・サウンド・アーカイブス キャプテンフューチャー オリジナル・サウント・トラック-完全盤-

 3月20日からCSの東映チャンネルで懐かしのNHKアニメ「キャプテンフューチャー」の再放送が始まったため、気分が高揚してしまい、ついうっかりネットで「アニメ キャプテンフューチャー」などというキーワードで検索をかけたところ、驚くべきページを見つけてしまいました。


キャプテンフューチャーの成人祝い

 キャプテンフューチャーことカーティス・ニュートンは、原作では1990年生まれ。ということで、今から7年前の2010年に、日本の有志がカーティスの成人をお祝いして「キャプテンフューチャーコン2010」というイベントを開いていたのです。

キャプテンフューチャーコン2010/星涯(ほしのはて)の会2010
http://www.space-force.org/INDEX2.HTM


今年2010年は成人となったカーティス・ニュートンキャプテンフューチャーを名乗り、生きている脳サイモン・ライト、ロボットのグラッグ、アンドロイドのオットーという仲間とともにフューチャーメンとして宇宙の平和を守るために活動を開始する年なのです。そこで宇宙軍では、カーティス・ニュートンの成人を祝い、フューチャーメンの活動を応援するために、関係者によるトークショー、展示、上映等による「キャプテンフューチャーコン2010」を、2010年12月に開催致します。


■企画・出演予定者(敬称略・12.9現在)
「C.F.のアニメーション」辻真先(脚本)・田宮武(企画)・池田憲章・他
「イラストで語るC.F.」水野良太郎鶴田謙二・イトウ☆タケヒコ・他
「C.F.の歴史」森優・小浜徹也・伊藤民雄・木下信一・他

 キャプテンフューチャーのアニメ版の関係者、早川版のイラスト担当水野良太郎氏、創元版のイラスト担当鶴田謙二氏、等が一堂に会した凄いイベントだった模様です。くぉぉ、知っていれば駆け付けたのにぃぃぃ。



イベントの様子

 そのイベント内容を詳細に期してくださっているのがこちらのページ。

キャプテン・フューチャー コン2010 Captain Future Convention【 追記2016.9/26 】』 [新宿]のブログ・旅行記 by captainfutureさん
http://4travel.jp/travelogue/10531074

 今後このページが消えてしまうことを恐れ、以下、引用多めで行きます。ご了承ください。


 まずアニメ版の裏話。

第一部「アニメにおけるキャプテンフューチャー

右席は、メインシナリオライターだった辻真先氏と番組企画者(当時の東映動画のプロデューサー)だった田宮武氏で、当時の面白い裏話なども披露してくれた。


・海外、特にドイツ、フランスでは今でも非常に人気があり、今でも凝ったHPを作る人がいる。ドイツからはヘビーマニアから4、5年前、大量の質問状があり、それに答えたところ、その人がCFをイメージしてシンセサイザーで作曲したという曲を送ってくれた(この後、その曲が会場で披露された)。


・平均視聴率8%、最高12%、最低3.9%で、裏番組には人気番組も多い中、なかなか健闘した数字だった。


・NHKからは戦前の科学で書かれたスペースオペラなのに、現代の科学で検証しながら作れとの方針があり、辛かった。そうするとシナリオがどんどん面白くなくなってしまった。5、6話それで書いたら、さすがに元に戻しましょうとの話があり、分かってくれたようだった。


・キャラクターの色指定について:民放番組だと玩具会社とタイアップして後日キャラクターグッズを売り出すため、予め色指定がされているが、NHKなのでその恐れもなく、本来の色指定が出来た。


・CFの髪型は原作の「赤い縮れ毛」だとイメージが沸かないのでロバート・レッドフォードをイメージした。服も平面だと飽きがくるので、立体的になるようにした。グラッグは線が多すぎると、後でアニメーターには大変だったらしい。サイモン・ライトははっきりしたキャラなので一番書き易かった。ジョオン・ランドールは唯一の女性キャラだったので小説より出番を多くし、実際に人気もあった。


・4話で一回の話しが終わるパターンなので、他のアニメのように同じ設定を使い回すことができず大変だった。


・小説の面白さがあったので現場の人も色々なアレンジが出来た。
・例えば小説の「宇宙帝王」等のイメージは思いつけないので、皆手探りでイメージを掴むのに苦労した。


・主題歌について:当時のSFは勇ましい歌が主流だったが、絶対にあり得ない形でやりたいと思い、音楽はルパン三世の大野雄二氏、作詞は山川啓介氏に、SFを意識しないで作って欲しいと頼んだ。


・オープニングは最初はタケカワユキヒデ氏を予定していたが、先方事務所の契約不備がありヒデ夕樹(ひでゆうき)氏(日立の「この木なんの木気になる木」の人)に頼んだ。
ワンクール後にようやくタケカワ氏でできるようになり、タケカワ氏に戻したらファンから抗議の手紙が殺到し、田宮氏は全員にこういう事情があったと手紙を書いた。

 
 そして小説版のイラストについて。
 

第二部「イラストで語るキャプテンフューチャー
ハヤカワ文庫で刊行(1966年~)されたCFの表紙・口絵・挿絵のイラストを描いた水野良太郎氏(写真中央)、創元SF文庫版(2004年~)のイラストを描いた鶴田謙二氏(写真左)、ハヤカワ文庫当時の担当者森優氏(写真右)、創元SF文庫版の担当者小浜徹也氏(写真なし)を交えたトーク


・(水野氏)グラッグの絵は当時TVでやっていた「てなもんや三度笠」の影響もあった。

・CFへの想い
 ・(水野氏)僕の人生はCFと共にあった。我が青春そのもの。今回の記念本の表紙を描いた。
 ・(鶴田氏)自分もCFの大ファンでとても遣り甲斐があったが、自分の頭の中のファンの部分が自分の絵を拒否しているという状態で、読む人もきっとそうなんだろうなと考えながら描いたので、非常にツライ仕事でもあった。



・(水野氏)ハヤカワでやったいきさつ:当時は漫画ブームで様々なものを描いていたが、アメコメ風のものを日本に紹介し定着させたいと思っていて、この話しが来た時、とても嬉しかった。
全然つまらない場面がイラストを描くよう指定されていて、がっかりした経験もあった。CFは宇宙活劇で他にいくらでも面白い場面は沢山あるのに。
しかも原稿料は高くなく、あまりやる気は無くなってきていたところ、結構シリーズが売れているとのことだった。しかしアメコミ風のイラストをこのCFで続けさせてもらっていることはとても勉強になり、有り難いと思っていた。
今日のこの会の盛況を見て、やはりこの仕事をして本当に良かったと思う。

 
 最後は翻訳について。
 

第三部「キャプテンフューチャーの歴史と野田さんが果たした役割」


・(木下氏)原文タイトルをそのまま訳しただけでは、なかなか日本ではこの本を手に取る人はいなかったろう。野田節によるタイトル訳は秀でており、日本でCFを広めた功績は大きい。


・(木下氏)サイモンがカーティスを呼ぶ際の「lad」は野田節では悩み悩んで「坊や」「君」と訳しているが、本来は「若い衆」位の意味合いなので、もしサイモンが関西弁を話したら「ぼん」と呼ぶだろう。(←歓声とともに会場が沸いた。)


・(木下氏)オットーがCFを呼ぶ際の原文「chief」は、感覚としては時代劇の鬼平犯科帳の「お頭(おかしら)」に近い。

 
 

最後に

 うぉぉぉぉ、ホントこのイベントについて知っていれば行きたかったよなぁ。こうして臨場感あふれるレポートを残しておいてくださっている筆者氏に大感謝です。


恐怖の宇宙帝王/暗黒星大接近! <キャプテン・フューチャー全集1> (創元SF文庫)