感想:科学番組「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」2018年10月特番・第3回『クローン人間の恐怖』

クローン人間の倫理

フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿 http://www4.nhk.or.jp/P3442/
放送 NHK BSプレミアム

【※以下ネタバレ】
 
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「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」内容・感想まとめ

perry-r.hatenablog.com
 

科学を志す若者は、理想の人間を造ろうとして恐るべき怪物を生み出してしまった-。
人類が創り出した最も有名な怪物の物語、「フランケンシュタイン」が世に出て、ちょうど200年。科学史の闇に迫る、あの知的エンターテインメントが3週連続の特集シリーズで帰ってくる!
今回のテーマは、「理想の人間」「超人類」を創造しようとした科学者たち。加速する一方の科学技術と社会、そして倫理について考える。
ナビゲーター:吉川晃司

 

第3回 『第三夜 クローン人間の恐怖』 (2018年10月27日(土)放送)

 

内容

10月27日土曜
NHKBSプレミアム 午後10時30分~ 午後11時30分
フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿「クローン人間の恐怖」


クローン人間の恐怖!「黄金の手を持つ」スター科学者の栄光と転落!最新のクローンビジネスも登場!生命をコピーし大量に作るクローン技術の、バラ色と恐怖の未来とは?


科学史の闇に迫る知的エンターテインメント、3週連続特集シリーズの最終回!今回は「生命」をコピーし大量に作ることを可能にしたクローン研究に焦点を当てる!不可能とされたほ乳類のクローンにとりつかれた科学者たち。「黄金の手を持つ」スター科学者が作り出した世界初のクローンマウスはねつ造?真実?クローン羊ドリー誕生の衝撃!最新のクローンビジネスも登場!クローン技術が生み出す「バラ色と恐怖の未来」に迫る!


【ナビゲーター】吉川晃司,【出演】大阪大学大学院教授…仲野徹,横浜市立大学大学院教授…谷口英樹

 
 今回のテーマは「クローン」。


●クローンとは

 クローンとはギリシャ語で「小枝の集まり」という意味。生物学では「同じ遺伝情報を持つ個体」の事を指す。クローンは、生物がどう生まれ育つかを調べる「発生生物学」で扱うジャンルである。

 1951年、両生類のクローンの作成が初めて成功した。細胞の全遺伝情報を持つ「核」を取り除き(=除核)、分裂を始めた卵細胞の核を持ってきて埋め込み(=核移植)、クローンオタマジャクシを作ったのである。

 両生類の次は哺乳類のクローンへの挑戦が始まったが、それは極めて困難だった。その理由は卵のサイズで、カエルの卵の直径は1.5ミリだが、哺乳類のマウスの卵の直径は0.1ミリしかない。小さすぎて核移植作業が出来なかったのである。



●世界初の「哺乳類のクローン」誕生

 しかし1981年になって発生生物学者カール・イルメンゼー(Karl Ilmensee/1939~)が、マウスのクローンの作成に成功したと発表した。イルメンゼーは、マウスの卵に挑む前に、ショウジョウバエの卵(直径0.5ミリ)に挑み、1976年にハエのクローンの作成に世界で初めて成功したのである。この成功により、イルメンゼーは「黄金の手を持つ男」と呼ばれるようになった。

 この頃、「マイクロ・マニピュレーター」という微小な物体を扱う器機の技術革新が起きていたことも、イルメンゼーの追い風となった。またイルメンゼーは、それまでクローン作製の際「除核」と「核移植」で二回細胞を操作する、という常識を打破し、一度の操作で除核と核移植を行う、という手法を考え付き、実行した。そして1981年に、クローンマウス3匹を作成に成功したと発表した。



●大スキャンダル

 イルメンゼーは哺乳類クローン作成で科学界のスーパースターとなり、ジュネーブ大学の教授となった。ところが1983年1月、イルメンゼーの部下の科学者たちがイルメンゼーの研究結果を認めないと告白し大騒ぎになる。実はイルメンゼーは実験器具が壊れているのに実験をしたと主張したり、不審な態度が多く、部下たちから疑いを抱かれていた。また世界中でイルメンゼーの後を追ってクローンマウス作成が行われたが、誰も成功していなかった。

 調査委員会はイルメンゼーや部下から聞き取りを行ったりして調査し、1984年1月に「捏造の証拠はないが研究結果も意味が無い」と結論を出した。さらに同年5月「哺乳類のクローン作成は不可能」という論文が発表され、結局イルメンゼーは1985年6月にジュネーブ大学を辞めざるを得なかった。この時から哺乳類のクローンの研究は誰も関心を持たないテーマとなった。

 イルメンゼーのクローンマウスは捏造だったのか? 生物学の世界は、生物という個体間のブレの大きい物を扱うだけに、「超絶テクニックを持つ特定の人しか成功しない実験」という物が普通に存在する。しかしイルメンゼーの場合は、第三者が納得できる研究資料を残していなかったことが致命的だった。



●クローン羊誕生の衝撃

 1997年、スコットランドエディンバラで羊のクローン「ドリー」が誕生し、世界中を驚愕させた。特に発生生物学の世界は、哺乳類クローンは不可能と信じていたので驚きはさらに大きかった。実はドリーを作ったのは発生生物学とは縁のない、畜産業界の研究者たちだった。

 畜産業界は、良く乳を出したり肉質の良い牛のクローンを作ることが出来れば大儲けできる。つまり発生生物学とは全く異なる動機で研究しており、この二つの業界は全く交流は無かった。そのため、畜産業界は哺乳類のクローンが不可能という定説を知らず、地道に研究を続けていたのである。

 発生生物学で哺乳類クローンを作る場合は、受精した「胚」から核を取り出し、それを卵に移植していた(=胚細胞核移植クローン)。しかし畜産業界の場合は、成長して優秀であると解っている個体で無ければクローンを作る意味が無い。そのため、成長した個体の細胞から核を取り出し卵に移植する方法を取った(=体細胞核移植クローン)。研究チームは牛より安い羊で実験を行い、ついにクローン作成に成功したのである。



●クローンのビジネス化

 ドリーのニュースは世界を震撼させた。これは成長して優秀と解っている個体の複製がいくらでも作れることを意味する。つまり人間の、天才や独裁者のコピーをいくらでも作ることが可能になるわけである。各国は人のクローンは作成しないと次々と発表した。

 しかし動物に限れば、ドリー以降、マウス・牛・豚・ネコ・犬、と体細胞クローンは次々と成功した。肉牛クローンの大量生産も始まり、アメリカでは2008年にクローン牛肉が認可された。さらに今ではペットのクローンを作成するビジネスも誕生している。犬一匹1000万円でクローンが手に入る。



●人間のクローン作製の倫理的問題

 2013年アメリカで「ヒトクローンES細胞」が作られた。細胞レベルではあったが「人間のクローン」がついに作られたのである。2018年には中国がクローン猿を作ったと発表した。霊長類の体細胞クローンは世界初である。

 技術的には、もう人間の体細胞クローン作成は可能である。単に技術面で考えれば、人間の体細胞クローンは「年の離れた双子が生まれる」という事に過ぎない。将来的に社会の常識が変化すれば、クローン人間作成は受け入れられる可能性はある。

 しかし倫理的には問題が存在する。生み出されたクローンの人権はどうなるのか? また生命の誕生は、たとえ人工授精であっても偶然が支配している。しかし体細胞クローンは「ある特定の目的のために命を生み出す」事であり、特定目的のために命を作るなど倫理的に大問題である。また生まれたクローンにとって、自分は何のために生み出されたのか、は人間としての根幹にかかわることである。

 このように人のクローンの作成は技術より倫理で大きな問題が残されている。


感想

 三回連続放送の最終回。ラストにいかにもこの番組らしいテーマを持ってきました。つまり、色々ある「技術的には可能で、知的興味でやりたくなってしまうけど、人としてそれやっちゃダメだろ」という中のトップ候補「人間のクローン作製」の話です。

 ゲストの研究者たちが「技術的には十分行けるし、年の離れた双子を作るような物」と結構怖い事を言いつつも、「作られたクローンが、自分がなぜ生まれたのかをどうとらえるのか、が大問題」と語っており、このテーマの難しさがうかがい知れました。

 しかし、中国ならそのあたりは一切無視してサクッと人間のクローンを量産しそうだよなぁ……
 
 
 

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「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」内容・感想まとめ

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