【推理小説】感想:小説「ハサミ男」(殊能将之/1999年)

ハサミ男 (講談社文庫)

http://www.amazon.co.jp/dp/4062735229
ハサミ男 (講談社文庫) 文庫 2002/8/9
殊能 将之 (著)
文庫: 520ページ
出版社: 講談社 (2002/8/9)
発売日: 2002/8/9

【※以下ネタバレ】
 

美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。3番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。精緻にして大胆な長編ミステリの傑作! 【2005年公開映画「ハサミ男」原作】(講談社文庫)

 

あらすじ

 主人公「わたし」は、美少女を選んで殺害し、死体の喉に鋭利なハサミを突き立てて残しておく猟奇殺人者であり、マスコミは過去に二人の少女を殺した「わたし」の事を「ハサミ男」と称していた。

 「わたし」は、三人目の犠牲者を樽宮由紀子という女子高生に決め、彼女の私生活を調べ上げた上で、下校途中に殺害しようと待ち構える。ところが彼女はなかなか現れず、そして近くの公園で「わたし」が見つけたのは、喉にハサミを突き立てられて殺されている少女の死体だった。「わたし」は、自分のふりをした何者かの殺人の発見者となってしまう。「わたし」は由紀子の死の真相を突き止めようと調査に乗り出す。

 警察はこの事件を「ハサミ男」の第三の殺人と考え、捜査を始める。若手刑事・磯部は猟奇犯罪のスペシャリスト「犯罪心理分析官」の堀之内に指名され、彼の助手的な立場で独自に捜査を行うことになった。磯部は堀之内の指示で、被害者の葬式の参列者の観察など、通常の事件の捜査とは全く違う仕事を行う羽目になる。

 「わたし」は、マスコミ関係者のふりをして情報を集め、由紀子の意外な素顔を知る。一見清楚な美少女だった由紀子は、実は多くの男性と関係を持っており、それも人間の感情という物が理解できず、実験をするように男と付き合っていただけだという。

 一方、堀之内は、些細な手掛かりから、事件の第一発見者・日高光一こそがハサミ男ではないかと推測し、磯部たちは日高の周辺を調べ始める。だがやがて、どうも由紀子殺しはハサミ男のふりをした別人の犯行で、そこにたまたま本物のハサミ男の日高が通りかかって由紀子の死体を見つけたのではないか、と考えるようになる。

 やがて「わたし」の家に、日高光一が現れ、「わたし」がハサミ男だと指摘する。「わたし」は日高と一緒に公園で由紀子の死体を見つけた安永知夏(やすなが・ちか)という「女性」だった。日高は「わたし/知夏」が「ハサミ男」だと気が付いたため、「わたし/知夏」は日高を殺すが、そこに堀之内が現れる。

 「わたし/知夏」は論理的に、堀之内こそが由紀子殺しの犯人であり、警察関係者しか知り得ない知識を持って「ハサミ男」の犯行に見せかけたのだと推理してみせる。実は堀之内は由紀子が付き合っていた男性たちの一人で、妊娠したと言われて進退窮まり由紀子を殺害したのだった。

 堀之内は「わたし/知夏」を殺そうとするが、そこにいきなり磯部が現れる。磯部は堀之内が由紀子殺しの犯人だと知っており、さらに状況を見て、堀之内が日高を殺し、さらに知夏をも手にかけようとしていたのだと誤解する。それを聞いた堀之内は、その誤解を訂正することなく、自分の頭を撃って自殺する。

 堀之内の死後、磯部は上司たちから真相を明かされる。上司たちは堀之内の行動がどうみてもまともに事件を解決する姿勢とは思えない事に疑いを抱き、日高の行動を調査するふりをして、実はこっそり堀之内の事を調べていたのだった。そして堀之内こそ真犯人との確信を持つが、しかし堀之内の助手的立場の磯部には最後まで堀之内を疑っていることを隠していたという訳だった。

 マスコミは警察関係者が殺人犯だったことに大騒ぎとなり、またハサミ男は日高光一だったという線で片付くことになった。


感想

 評価は◎(これは面白い!!)


 ネットで「どんでん返しが凄い作品」とかなんとかで推薦されていた作品だったので購入したはずだが、確かに終盤のどんでん返しぶりが半端ではなく、心底唸らされてしまった。500ページを超える大作だが、とにかく面白くて一気に読み切ってしまったほどである。


 主人公の一人「わたし」は、猟奇殺人者であるだけでなく自殺癖が有り、数日おきに様々な方法で自殺を試しては死にきれないまま蘇生し、しかも心の中には<医師>なる架空の人格が有ってそれとしょっちゅう対話している、という、どう考えても設定が多すぎるキャラなのだが、それが鼻につくことなく、すんなり受け入れられてしまう、というのは作者の文章の巧みさに有るのだろうか。

 しかも、その猟奇殺人者が、<医師>の指示で、自分が殺すはずだった少女を殺した真犯人を捜査する、という、あまりにも奇妙奇天烈な展開の小説なのだが、話の運び方が上手いため、実に自然に作品世界にのめり込んでしまった。

 もう一人の主人公の若手刑事・磯部の視点からは、ごく普通の推理物のように警察関係者の捜査が描かれる。最初は(当然だが)事件がニセのハサミ男によって起こされたものだと気が付かず、読んでいてヤキモキさせられるが、やがてキレ者・堀之内の推理により、第一発見者こそハサミ男ではないか。と真相に徐々に近づいていく展開はゾクゾクさせられた。

 と、ここまででも面白いのだが、圧巻なのは終盤の400ページを過ぎたころからで、それまで叙述トリックで読者が「わたし=日高光一」だと思い込まされていたのが、実は全く別人で、そもそも男ですらなかった(というか物凄い美女だった)、という展開は心底仰天した。しかもその後、警察側の司令塔だったはずの堀之内が真犯人、さらには磯部の上司たちは堀之内が怪しい事に気が付いていた、とかの怒涛の展開を見せたため、もうページをめくるのがもどかしいくらいの面白さだった。

 「叙述トリック物」というと、どうも「そこまでして読者を騙して楽しいか?」と立腹するような仕掛けの物が多い感じで、今一つイメージが良くないのだが、この作品に関しては、実に綺麗にだまされたものの、全く腹も立たないどころか、やり方の上手さに感服させられてしまった。

 結局、三人も人を殺した「真のハサミ男」は、捕まるどころか、堂々と大手を振って自由の身のまま、という結末だったが、特に深いな気持ちにもならなかった。なんとも凄い物を読ませてもらったという感服しかない。この作品は本当に当りだった。

追記

 作者は2013年に49歳で亡くなっていたとのこと。どうりでここ数年は新作が出ていないと思った……
 

2019年の読書の感想の一覧は以下のページでどうぞ

perry-r.hatenablog.com
 
ハサミ男 (講談社ノベルス)