【推理小説】感想:小説「模倣の殺意」(中町信/2004年)

模倣の殺意 (創元推理文庫)

http://www.amazon.co.jp/dp/4488449018
模倣の殺意 (創元推理文庫) 文庫 2004/8/13
中町 信 (著)
文庫: 327ページ
出版社: 東京創元社 (2004/8/13)
発売日: 2004/8/13

【※以下ネタバレ】
 

七月七日の午後七時、新進作家、坂井正夫が青酸カリによる服毒死を遂げた。遺書はなかったが、世を儚んでの自殺として処理された。坂井に編集雑務を頼んでいた医学書系の出版社に勤める中田秋子は、彼の部屋で偶然行きあわせた遠賀野律子の存在が気になり、独自に調査を始める。


一方、ルポライター津久見伸助は、同人誌仲間だった坂井の死を記事にするよう雑誌社から依頼され、調べを進める内に、坂井がようやくの思いで発表にこぎつけた受賞後第一作が、さる有名作家の短編の盗作である疑惑が持ち上がり、坂井と確執のあった編集者、柳沢邦夫を追及していく。


著者が絶対の自信を持って読者に仕掛ける超絶のトリック。記念すべきデビュー長編の改稿決定版。

 

あらすじ

 七月七日午後七時。東京のとあるアパートで駆け出しの推理作家・坂井正夫が青酸カリを飲んで死亡した。警察は自殺として処理するが、坂井の恋人・中田秋子は他殺ではないかと疑い、個人的に調査を始める。そして坂井の知人・遠賀野律子が大金を巡って坂井を殺す動機が有ったことを突き止める。しかし律子には事件の直前に石川県にいたというアリバイがあった。

 一方、ルポライター津久見伸助は、同人仲間の坂井の死を記事にしようと調査する内、坂井を憎む編集者・柳沢による犯行ではないかと疑うようになる。直後、坂井が新人賞受賞後、一年後にようやく発表した作品は、高名な作家・瀬川恒太郎の遺作に酷似しているという事実が発覚する。

 周囲は坂井が瀬川の作品を盗んだと考えるが、津久見は逆に才能が枯渇していた晩年の瀬川の方が坂井の未発表作品を盗作したのではないかと思いつく。そして坂井はその事実を世に訴えるため旧作をあえて発表し、瀬川を敬愛する柳沢が坂井の口をふさぐために殺したのではないか、と推測する。しかし柳沢は、瀬川による盗作説に同意するものの、坂井殺しは断固として否定する。

 秋子は調査の末、律子のアリバイを崩し、律子が当日飛行機で東京まで移動して坂井を殺害したと確信する。ところがその飛行機は当日は事故で飛んでおらず、律子に坂井殺害は不可能だった。やがて律子は交通事故で死に、また坂井の遺書が見つかり、坂井は覚悟の自殺だったと解る。

 津久見は調査を進めるうち、坂井正夫の死の丁度一年前の七月七日に、「駆け出し推理作家の坂井正夫という男が、東京のアパートで青酸カリで服毒自殺をした」という、そっくりの事件が起きていたことを知り驚愕する。また坂井には中田秋子という恋人がおり、秋子は瀬川恒太郎の娘、という事実も判明する。
(※以後、一年前に死んだ方を「坂井A」、津久見の知り合いを「坂井B」とする)。

 津久見の考えでは、坂井Bは偶然から坂井Aが書いた推理小説の原稿を手に入れ、それを自分の新作として発表した。ところがそれに先んじて、やはり老作家・瀬川も別ルートで坂井Aの原稿を手に入れ、盗作して自作として発表した。そのために坂井Bの作品が瀬川の遺作の盗作に見えた、というのが真相のようだった。

 エピローグ。秋子は坂井Aの死後、坂井Bに接触し恋人となっていた。それは父親・瀬川が、かつての恋人・坂井Aの原稿を盗作した事実をもみ消すため、今は坂井Bに渡った原稿をどうにかするためだった。しかし坂井Bがそれを自作として編集部に送ってしまったため、坂井Bに毒を飲ませて殺す。そうすれば、坂井Bが瀬川の原稿を盗作した挙句、罪の意識で自殺したように見えるからだった。

感想

 評価は○(まずまず)

 叙述トリック物。文体に昭和的古臭さを感じたものの、すいすいと読み進められる文章と、それなりに驚かされる結末で、まずまずの満足度の作品だった。

 本作品は「複数の主人公の物語が交互に語られ」、「同じ出来事を相互につながりのない二人が別の視点から体験しているのかと思いきや」、「実は全く時期が違う二つの話を並行して進めていた」、という仕掛けでビックリさせるのが骨子。

 実のところ、この叙述トリックは、過去に読んだ「某推理作家の某作品」でそっくりそのまま使われていたため、仕掛けを知っても特に衝撃は受けず「またか」という気にしかならなかった。ただし、本作品は1972年(昭和47年)に発表されており、その某作品よりも遥か先にこの世の中に出ていることを考えれば、「また」というのは失礼な話かもしれない。この作品の方を先に読んでいれば、小説一冊をかけて騙されていた、という事実にショックを受けたろうことは間違いない。

 二人の主人公・秋子と津久見が、それぞれ探偵役となり、自分が容疑者と見込んだ相手のアリバイを崩そうとする過程はなかなか面白く、終盤直前まで結構引き込まれた。

 しかし、終盤の「坂井正夫という死んだ作家が実は二人いた」というどんでん返しの部分がもたつき気味で、今一つキレが無いため、意外な真相に衝撃を受けたという程でも無かった。そもそも同姓同名の人物が二人いた、ならまだしも、その二人のどちらも駆け出しの推理作家だった、という設定がかなり無理があるというか、いかにも作り物感がにじみ出ていて、今一つ感心できなかった。

 この終盤の種明かし部分がもっと上手く書かれており、何の不満も無く一気にラストまで読ませてもらえたなら、例え知っている類のトリックであっても、もっとインパクトが有ったと思う。そういう意味では惜しい作品だった気がする。

 しかし、探偵役の秋子が殺人者だった、というオチはそれなりに余韻を残す結末であり、作品の評価としてはまずまずというところである。

余談

 この作品は、あちこちで本になるたびにコロコロタイトルが変わっているそうで、そのあたりが妙に面白かった。

作者による当初タイトル「そして死が訪れる」
1972年 雑誌連載時「模倣の殺意」
1973年 双葉社版「新人賞殺人事件」
1987年 徳間文庫版「新人文学賞殺人事件」
2004年 創元推理文庫版「模倣の殺意」(本書)

 変わり過ぎである。
 
 

2019年の読書の感想の一覧は以下のページでどうぞ

perry-r.hatenablog.com
 
 

新人文学賞殺人事件 (徳間文庫) 文庫 1987/2/1
新人文学賞殺人事件 (徳間文庫)