【SF小説】感想:小説「万物理論」(グレッグ・イーガン/2004年)

万物理論 (創元SF文庫)

http://www.amazon.co.jp/dp/4488711022
万物理論 (創元SF文庫) 文庫 2004/10/28
グレッグ・イーガン (著), 山岸 真 (翻訳)
文庫: 616ページ
出版社: 東京創元社 (2004/10/28)
発売日: 2004/10/28

【※以下ネタバレ】
 

すべての自然法則を包み込む単一の理論、“万物理論”が完成されようとしていた。ただし学説は3種類。3人の物理学者がそれぞれの“万物理論”を学会で発表するのだ。正しい理論はそのうちひとつだけ。映像ジャーナリストの主人公は3人のうち最も若い20代の女性学者を中心に番組を製作するが…学会周辺にはカルト集団が出没し、さらに世界には謎の疫病が。究極のハードSF。


2055年、すべての自然法則を包み込む単一の理論――“万物理論”が完成寸前に迫っていた。国際理論物理学会の席上で3人の学者がそれぞれ異なる理論を発表する予定だが、正しい理論はそのうちひとつだけ。科学系の超ハイテクな映像ジャーナリストである主人公アンドルーは、3人のうち最も若い女性学者を中心にこの万物理論の番組を製作することになったが……。学会周辺にはカルト集団が出没し、さらに世界には謎の疫病が蔓延しつつあった。『宇宙消失』で年間ベスト1を獲得し、短篇で3年連続星雲賞受賞を果たした、現役最高のハードSF作家が贈る傑作! 訳者あとがき=山岸真

 

あらすじ

 2055年。アインシュタイン没後百周年を記念する会議で、三人の物理学者がそれぞれ、宇宙の全てを説明する究極の理論「万物理論」(Theory of Everything:略称TOE)を発表することになっていた。

 フリーの映像ジャーナリスト・アンドルー・ワースは、局の依頼で科学番組を制作するため、三人の学者の一人でノーベル賞受賞者であるヴァイオレット・モサラに焦点を当てて取材することにした。しかし会場周辺には科学を忌み嫌うカルト集団が大集合し、モサラたちを脅迫していた。

 やがてアンドルーは「人間宇宙論」(AC・AnthroCosmology)を信じるカルト集団の存在を知る。人間宇宙論とは「宇宙は人間に観測するまで不確定であり、人間が観測した瞬間にそういう物だと決まる」という考えである。そして彼らはいずれかの万物理論が完成した瞬間、過去と未来の宇宙の姿が確定すると信じ、複数の派閥が自分たちの好みの万物理論を宇宙の真実にしようと、他の理論を提唱する学者を殺すため血眼になっていた。

 色々あった末、モサラを含めた三人の学者は全員殺されるが、モサラが死ぬ前にAIに研究の取りまとめを行わせており、最終的に万物理論は完成する。それを読んだことでアンドルーは宇宙の全てを理解する。

 50年後。2105年。全人類が万物理論を理解して素晴らしい世界になっていた。おしまい。


感想

 評価は△。


 600ページ超の大ボリューム作品だが、中身はひたすら薄く、見掛け倒しの大作。オチも夢みたいなハッピーエンドで「なんだこりゃ」感が物凄かった。

 基本的に中身は「フリージャーナリストがカルト集団の陰謀に巻き込まれて死ぬような冒険に巻き込まれるが、最後は何とかうまくいった」とそれだけなのに、ページの水増しが酷い。

 例えば第一章は120ページも有るが、内容は「主人公は仕事に熱心しすぎて同棲していた恋人に振られた」と、それだけである。100ページも付き合った恋人だけに、終盤復活して出て来るのかと思っていたが、そのままだった。つまり単なる通りすがりキャラとの掛け合いに120ページも浪費しているのである。ページ稼ぎがあまりにもひどくは無いだろうか?

 全体にこういうノリなので、600ページ超という見かけに反して、中身は極めて乏しく、満足感もほとんど得られなかった。


 しかし、この小説の中核を構成するアイデア「人間宇宙論」はめっぽう面白く、ここだけは評価出来た。理論の内容は「宇宙は人間に認識されて初めて、そういうものだと定まる」という考え方で、量子論の「シュレディンガーの猫」をほうふつとさせる。「~猫」では、人間が箱のふたを開けて中身を知るまでは猫の生死は確定しておらず、人間が見て初めて結果が決まる。

 人間宇宙論も同様で、宇宙もまた人間に観測されるまではその姿は不確定で、人が観測結果を知った瞬間、そういう物だと確定する、という事になっている。そして、人間宇宙論者たちはこの考えを押し進め、誰かが宇宙の全てを説明する究極の理論「万物理論」を完成させ、宇宙の在り方全てを完全に理解した瞬間、宇宙は「そういうものだった」と確定する、とする。そしてその宇宙の在り方を決定する人間を「基石」(キーストーン)と呼ぶ。

 この考えによれば、万物理論が完成するまでは、宇宙がどうやって誕生したか、とか、多元宇宙は存在するか否か、という事はまだ定まっておらず、万物理論が完成した瞬間、時間を遡って「宇宙はこうだった」と決まることになる。たった一人の人間が宇宙の在り方を決めてしまう、という壮大な発想である。


 この小説では、人間宇宙論者たちは、自分たちの好む理論を構築中の学者を「基石」にするため、意にそわない理論を構築している他の学者たちは消してしまうと、互いに陰謀を企み合っており、それに主人公に巻き込まれる、というのが大枠となる。

 という事で、中核になるアイデアは凄く面白いのだが、悲しいかなそれが小説の面白さには全く繋がっていない。全体としては、ジャーナリストの主人公がカルト集団によるテロに巻き込まれて右往左往する、わりとありがちな話になってしまっているのである。「面白いアイデアを思いつくこと」と「面白い小説を書くこと」は、実はイコールではないという事が良く解る作品であった。
 
 

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