以前熱力学に興味を持ったことが有ったのですが、
↓
【科学】熱力学のわりと解りやすい説明のサイト【可逆機関は最高効率】
http://perry-r.hatenablog.com/entry/2019/06/30/004248
その際、頻出した言葉が「エントロピー」です。
このエントロピーという概念は、初心者向けの説明では大抵こういう風に書かれています。「エントロピーとは乱雑さを示す指標。カップの中にコーヒーが入っているとして、そこにミルクを入れると、両者は混じり合って元に戻せなくなる。これをエントロピーが高くなったと表現する」云々。なるほど。
ところがちょっと本格的な説明ではこうなります。「エントロピーとは熱現象に特有な不可逆性を表現する量。熱量Qを絶対温度Tで割った物」……、はぁ? 乱雑さのらの字も出てこないんですけど? 何故さっきの説明と全然違うの?
という事で気になって仕方ないので、ちょっと突っ込んで調べてみました。物理学専攻ではないので詳しい人から見れば至らぬ個所もあるとは思いますが、逆に物理学素人の方に解りやすいようにしたつもりです。
■何故表現が違うの?
簡単に言えば、エントロピーの説明が全然違うのは、扱う物理学のジャンルの違いから来ています。エントロピーは熱に関する用語なのですが、物理学で熱を扱うジャンルは「統計力学」「熱力学」の二つあり、それぞれで言い表し方が異なっているのです。
最初の「乱雑さ」云々は統計力学の表現です。統計力学は分子・原子というミクロのレベルの動きから、身の回りの現象を説明する学問です。熱に関しても取り扱います。
二番目の「熱量Qを絶対温度Tで割った物」云々は熱力学の表現です。熱力学は、文字通り熱に関する事を扱う学問です。
実はこの二つの表現は究極的には同じことを言っているのです。しかしとりあえず、より意味が理解できない熱力学の方から調べてみます。
■ピストン付きのシリンダー
ピストンが付いたシリンダーがあるとします。シリンダーの中には気体が入っており、シリンダーは温めたり冷やしたりできます。またピストンを外から押し込むこともできます。
シリンダーを温めると、気体が熱せられて膨張し、ピストンを外に押し出します。これを「気体が外に仕事をした」と表現します。逆にピストンを中に押し込めば、「気体は外から仕事をされた」という事になります。
■状態量とは何か
シリンダーのピストンが動くと、「温度」「体積」「圧力」「仕事」「熱」という量が変化します。ところでここに挙げられた量のうち、「温度、体積、圧力」と「仕事、熱」は、別々のグループに分かれることが、なんとなくわかりますでしょうか?
「温度・体積・圧力」は、シリンダー内の気体が今どんな状態かを表わしている量です。物理学では「温度・体積・圧力」のように、『何かの状態を表している量』を、まさしく「状態量」と呼んでいます。
物理の時間に、ボイル・シャルルの法則を習ったと思いますが、その時出て来る式
PV=RT(P:圧力、V:体積、T:絶対温度)
を「状態方程式」と言います。「状態量」を扱う式だから「状態方程式」なのです、なるほど。
さて、一方「仕事、熱」は、気体の状態を現した何かでは無い、というのは解りますが、では何を現しているのか? それは「気体に出入りしたエネルギーの量」を現しているのです。ピストンを押して気体を圧縮する=気体に仕事をする、ということは気体にエネルギーが流れ込んだという事です。気体を加熱した、という場合も同じです。仕事量や熱量は気体に出入りしたエネルギーの量なのです。
■「状態量」と「状態量でない量」
「温度、体積、圧力」のような状態量と、「仕事、熱」のような状態量でない量には、決定的な違いが有ります。気体を加熱したり圧縮したり色々している最中、ある瞬間に、「今この気体の温度は何度?」と聞かれても、温度計を見ればすぐに答えが出ます。「状態を示す量」なのだから、この瞬間の状態を調べる事は簡単です。
ところが「仕事、熱」はそうはいきません。状態を現した量ではないので「今この気体の仕事はいくら?」という質問は成り立たず、正しくは「過去のいついつから現在までにピストンが外に向かってこれくらい動いた場合、気体が外部にした仕事量はいくら?」というように聞かなければなりません。つまり今この瞬間だけでなく過去の情報も無ければ答えられない量なのです。仕事や熱は過去の情報が無くては量が解らないのです。
■エントロピーとは状態量
しかし、数式を使う際、「仕事、熱」が「温度、体積、圧力」のような状態量でないと、変数としてうまく扱えません。ではどうするか。
シリンダーの話に戻ります。気体が膨張すれば外部に仕事をした事になり、逆に気体が圧縮されれば外部から仕事をされた事になる。つまり仕事の出入りによって「体積」という状態量が変化するのです。
仕事は
W=P×V(W:仕事、P:圧力、V:体積)
として表せます。これを変形すれば
W/P=V
となります。つまり仕事を圧力で割ると、体積という状態量に変えられるのです。
熱も仕事もエネルギーですので、熱も同様に何かで割れば状態量に出来そうです。その目指す状態量は、体積と同じようにピストンの中に存在し、熱が入ると増加し、熱が出ていくと減少し、熱の出入りが無ければ変化しない、という物だと定義します。
そして複雑な考察の末に、「熱を絶対温度で割ると状態量に変えられる」という事が解りました。この熱の状態量こそが「S(エントロピー)」なのです。
■エントロピーの使用例
早速簡単な例でエントロピーの使い方を紹介してみましょう。
高温の物体と低温の物体を接触させると、高温物体から低温物体に熱が移動し、最終的に両者は同じ温度に落ち着きます。日常でよく見る現象です。
高温の物体A(温度はt1)から低温の物体B(温度はt2)に熱量qが移動したとします。
Aは熱が出て行ったので、q/t1のエントロピーが減りました
Bは熱が入って来たので、q/t2のエントロピーが増えました。
さてAとBをまとめて考えた時、全体でエントロピーは増えるか、減るか、変わらないか。q/t1とq/t2の大小を比較すれば、両方とも分子は同じ数で、分母は(t1の方が高温だから)t1の方が大きい。ということは結論として「q/t1 < q/t2」となります。
減ったエントロピー量より増えた量の方が多いので、熱の移動でAB全体のエントロピーは増加した、ということになります。よく聞く「エントロピーの増加」とはこんなイメージです。
■エネルギー保存の法則
さて、エントロピーという概念を発見し、研究したところ、大変なことが解りました。宇宙のエネルギーに関する重大な事実が見いだされたのです。
リンゴの木の枝に実がついている場合、この実は「位置エネルギー」を持っています。実が枝から離れて下に落ちると、位置エネルギーは「運動エネルギー」に変化します。最後に実が地面にぶつかって止まると、運動エネルギーは「熱エネルギー」に変化します。
位置エネルギー→運動エネルギー→熱エネルギー
この例のように「エネルギーは、形は変わっても消えたりはしない(逆にどこからか勝手に湧いてきたりもしない)」というのが「エネルギー保存の法則」です。
このようにエネルギーは色々に形を変えますが、上記の例のように、最終的には熱というエネルギーになってしまいます。ガソリンで自動車を動かす場合を考えてみましょう。ガソリン(化学エネルギー)を燃やして車を動かし(運動エネルギー)、最後にブレーキをかけて摩擦で止まる(摩擦熱:熱エネルギー)。やはり最後は熱エネルギーになってしまいました。
このように、宇宙全体のエネルギーの量は保存されて不変ですが、エネルギーの形は(今この瞬間も)どんどん熱というエネルギーに変わり続けているのです。
ガソリンで車を動かすことは簡単ですが、空気中の熱を集めて車を動かすというのはほぼ無理です。そもそも熱を集めること自体にエネルギーが必要になります。つまり、化学エネルギーは利用しやすい=質が高いエネルギー、熱エネルギーは利用しにくい=質が低いエネルギー、と表現することができます。宇宙のエネルギーはどんどん熱に変化している、ということは、どんどんエネルギーの質が劣化し続けている、ということなのです。
研究により、「摩擦による発熱」や「電気による発熱」といった熱に関する現象はもちろん、「気体が拡散する」「熱が高い方から低い方に移動する」「二つの異なる物質が混じり合う」という、一見発熱がないような現象ですらも、エネルギーが熱に変換されていることが解っています。こういった現象は全て「エントロピーが増加した」と表現されます。よく「エントロピーが増加する」云々といわれるのは、こういう事です。
「宇宙のエネルギーは保存される」は「熱力学第一法則」と言います。そして「宇宙のエントロピーは増大する」を「熱力学第二法則」と言います。エントロピーという概念を発見したことで、人類は宇宙の二大真理を見出す事が出来たのです。