【歴史】感想:NHK番組「ダークサイドミステリー」(2023)「黄金時代の怪奇文学! 名作の秘密に迫る ~ドラキュラ! タイム・マシン! ジキルとハイド!~」(2023年8月24日(木)放送)

ダークサイドミステリー
2023年度分

ダークサイドミステリー NHK https://www.nhk.jp/p/darkside/ts/4847XJM6K8/
放送 NHK BSプレミアム

www.nhk.jp
【※以下ネタバレ】
 

本当の謎は、人間の闇

 

「黄金時代の怪奇文学! 名作の秘密に迫る ~ドラキュラ! タイム・マシン! ジキルとハイド!~」(2023年8月24日(木)放送)

 

内容

ダークサイドミステリー 黄金時代の怪奇名作の秘密 ドラキュラ!タイムマシン!
[BSプレミアム] 2023年08月24日 午後9:00 ~ 午後10:00 (1時間0分)


イギリス黄金時代ヴィクトリア朝に誕生した「ドキュラ」「タイム・マシン」「ジキルとハイド」なぜ栄光の時代に闇の名作が生まれたのか?原作が秘めた知られざる恐怖とは?


「ドラキュラ」「タイム・マシン」「ジキルとハイド」…現代でも映画や演劇、マンガで描かれる有名な存在。実はこれらは19世紀末、イギリスの黄金時代ヴィクトリア朝で誕生した。なぜ明るい栄光のさなかに、現代まで残る闇の名作群が生まれたのか?【ドラキュラ】イギリス人が恐れた未知の世界からの侵入者とは?【タイム・マシン】人類の未来は絶望的な悪夢?【ジキルとハイド】あなたも抱えている心の闇、もう一人の自分とは?


【出演】栗山千明,【ゲスト】法政大学国際日本学研究所…丹治愛,文芸評論家 雑誌「幽」編集長…東雅夫,【語り】中田譲治,【司会】伊藤海彦

 
●19世紀末の怪奇文学

 19世紀末のイギリス・ヴィクトリア朝大英帝国の絶頂期。その時期に後世に残る名作怪奇文学が次々と誕生した。「ドラキュラ」「タイム・マシン」「ジキルとハイド」など。



●「ドラキュラ」

 1897年5月26日出版。作者ブラム・ストーカー。ドラキュラ伯爵のモデルは15世紀ワラキア公国の領主ヴラド三世。ヴラドはキリスト教国家の主として、イスラム教のオスマントルコと何度も戦った英雄だが、同時に残虐さから串刺し公とも呼ばれた人物。

 物語は390ページ・27章の長編。1~4章では、イギリス人弁護士ハーカーがトランシルバニアへ行き、ドラキュラ伯爵のイギリス移住の手続を行うが、全てが終わった途端、ハーカーはドラキュラに城に幽閉される。それ以降各地で怪事件が発生し、13章でドラキュラがロンドンに出現する。17章以降では城を脱出したハーカーたち五人の男がドラキュラとの戦いに挑む。


 この小説は当時のイギリスの読者が怖がるツボを押さえていた。まず東欧からドラキュラがロンドンに現れるという設定。当時のイギリスは、世界各国からの移民の流入で問題が起きており、また植民地から持ち込まれたコレラチフスといった伝染病にも苦しめられていた。ドラキュラはそういったものの象徴。

 またドラキュラに噛まれてしもべとなった女性が男を誘惑する展開もある。当時フランスでは人間の姿をありのままに描く自然主義がはやり、露骨な性描写などの小説も流入していた。一方、イギリス人男性が求める理想の女性は白百合がシンボルとなる様な清楚なタイプ。つまり海外からの影響で女性の清楚さが失われるという男たちの恐怖も暗示していた。



●「タイム・マシン

 1895年発表の小説「タイム・マシン」は、時間を機械で移動するというあらゆるフィクションの原点。作者はH・G・ウェルズ。ウェルズは本作以外にも「モロー博士の島」「透明人間」「宇宙戦争」などを発表し、SF小説の父と呼ばれる。


 物語の舞台は19世紀末ロンドン。語り手が友人、仮に「時間旅行者/タイム・トラベラー」と呼ぶ、のパーティーに招かれたところから始まる。タイム・トラベラーは、友人たちにタイム・マシンで未来に行ったとしてその体験を語る。

 タイム・トラベラーは、まず西暦80万2701年に到着するが、そこには宮殿のような建物がいくつかあるだけで個人住宅は見当たらず、住民はエロイという身長120センチほどの小柄な人間たちで、外見で男女の区別はつかず、知能は五歳程度、働かず自然に実る果物を食べて暮らしている。未来の人類はもう一種類、地下に住む夜行性種族モーロックがおり、モーロックはエロイの生活に必要な物を作っているが、時々エロイを捕えて食べてしまう。未来の人間は共食いをしているのだった。

 さらにタイム・トラベラーは地球の終末を確認するため3000万年後の未来に向かった。そこでは地球の自転は停止し、太陽は肥大化しており、海は真っ赤。動くものは見つからず、ようやく見つけたものはフットボール大の物に触手の様なものが生え飛び跳ねているだけだった。

 話を聞き終えた他の人間たちは、タイム・トラベラーの話を想像だと考えて信じようとはしなかった。タイム・トラベラーは証拠を持ち帰るため、カメラを持って再度時間旅行に出発し二度と戻らなかった。


 本作はウェルズの、当時のイギリス人のユートピア的未来観への反論だった。当時のイギリスは資本家階級と労働者階級に分かれて貧富の差が問題になっていたが、未来には共産主義革命で人は平等になり、働かなくてもよくなる未来が来ると予想されていた。またダーウィンの進化論から、人は未来的には神のような存在に進化すると考えられていた。

 ウェルズはそんなバラ色の未来が来るはずはないと考えた。エロイは資本家階級、モーロックは労働者階級のなれの果てで、労働しなくなれば肉体も知能も退化してしまうと考え、またすべての人が平等な社会など実現せず、人が共食いしている悪夢的未来を描いたのだった。



●「ジキルとハイド」

 19世紀末には犯罪界の有名人が続出した。1887年には小説で名探偵シャーロック・ホームズがデビュー。1888年には連続猟奇殺人犯切り裂きジャックが犯行に及んだ。ジャックの正体は刃物に慣れている上流階級の医者では無いかという説もあったが、それを先取りしたような小説があった。

 1886年に発売された「ジーキル博士とハイド氏の奇妙な事件」。医者のジーキルが薬の力で悪人ハイドとなり悪事を働くというあらすじ。作者はロバート・ルイス・スティーブンス。発売から8か月で四万部を売り上げるという当時としては爆発的ヒットとなった。

 この小説は世間からは「善の心と悪の心の対決」ととらえられたが、作者のスティーブンスはそれを真っ向から否定した。物語のテーマは「心の葛藤」などではなく「ジーキルの偽善ぶりを批判する」というものだった。


 物語は、ハイドという粗暴な男が、何故か高名な医者ジーキル博士とつながりがあり、金をもらっているばかり、彼の遺産受取人になっている、というところから始まる。やがてハイドは高齢の国会議員を撲殺し、指名手配される。ハイドはなかなか見つからなかったが、やがてジーキルの屋敷で毒を飲んで自殺しているのが見つかる。

 残された手記から、ジーキルとハイドが同一人物だと判明する。ジーキルは快楽を我慢できない人間で、また人から称賛されたいという傲慢な性格を隠し持っていた。やがてジーキルは善と悪の心を分離する薬を発明し、「ハイド」という人格で悪を働き快楽の限りを尽くす。しかしやがて薬を飲まなくてもハイドに変身するようになってしまい、挙句に殺人を犯してしまう。ジーキルはハイドを止めるため自殺したのだった。


 作者スティーブンスの狙いは中産階級の偽善への批判だった。当時のイギリスは、貴族からなる上流階級、貧しい労働者階級、の中間に、貴族ではないが裕福な中流階級が誕生していた。中流階級は勤勉・禁欲・節制などをモットーに掲げ、自分の欲望を表に出さないようにした。中流階級の生まれだったスティーブンスはそういう中流階級を偽善だと批判したのだった。


感想

 19世紀末のイギリスの文学界隈って、ホームズ物からSFからホラーから名作連発で、本が読める階級の人間だったらムチャクチャ楽しかったでしょうねぇ、と感じる回でした。
 
 

他の回の内容・感想は以下のリンクからどうぞ

perry-r.hatenablog.com
 

索引ページへは以下からどうぞ

perry-r.hatenablog.com
 
 
 
2023年度分

 
 
ドラキュラ
ドラキュラ (光文社古典新訳文庫 K-Aス 3-1)
タイムマシン
タイムマシン (岩波少年文庫 530)
ジキル博士とハイド氏
ジキル博士とハイド氏 (ポプラポケット文庫 419-1)