●伝説のAVG「EVE Burst error」「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」
・「EVE Burst error」(シーズウェア:1995年)
・「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」(シーズウェア:1996年)
は20年以上前に発売された、しかも18禁のゲームですが、当時プレイした世代からは伝説的作品として評価されています。その二作品のシナリオを書いたのが剣乃ゆきひろ氏。2011年に43歳の若さで亡くなりましたが、天才シナリオライターとして、この人を超えた人は未だ居ないと思っています。
そんな伝説の作品の制作の裏側を明かした記事が(1年半以上前の)2017年1月に掲載されていました。
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『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』音楽家・高見龍氏インタビュー 今明かされる『EVE burst error』『YU-NO』秘話 | AUTOMATON
https://jp.automaton.am/articles/interviewsjp/20170124-38850/
EVE、YU-NOにまつわる裏話だけではなく、その他のシーズウェア時代の話や、やはり早世された音楽家の梅本竜氏と剣乃氏についてのエピソードなど、剣乃ファンなら必読の内容でした。ちなみに、剣乃氏はのちに諸事情で「管野ひろゆき」と改名したので、記事の中では「管野さん」と呼ばれています。
【※以下の記事には、EVEやYU-NOのネタバレが含まれています】
●梅本竜氏
まず梅本くんがフリーランスで携わった『EVE』と違って、『YU-NO』の時は梅本くんはelfの社員だった
当時、僕は梅本くんと一緒に暮らしていたんですが、梅本くんはelfで缶詰になってなかなか帰ってこなくて、彼はどんどんやつれていきました。そしてとうとう疲労が頂点に達して、ちょっとしたことで彼は失踪してしまうんです。その失踪したタイミングが、ちょうど『YU-NO』の異世界編のほとんどの楽曲が残っている状態の時だった。
セガ・サターン版『YU-NO』のあと、菅野さんがelfを退社して、アーベルを設立した時に梅本さんも連れて行こうとしたという話を今回のイベントで小耳に挟んだんですが。
菅野さんにとっても梅本竜はなくてはならない存在で、菅野さんは梅本くんに執着してましたね。梅本くんは当時、失踪という形で姿をくらましていたわけで、社会的にいろいろと問題があると思われていた。あの時、僕のほうに菅野さんから梅本くんの所在の確認がきたんですが、梅本くんは僕の家に住んでいて、要するにかくまっていたんです。ただ菅野さんの思いは純粋だったんで、そこは本人同士で話あってくれと。2人は相思相愛でしたが、結果的には世間がそれを認めなかった。打診があったのは事実ですが、いろいろあってアーベル行きはなくなりました。
●エルフ時代の剣乃氏
菅野さんはelfでは孤立してましたね。理由は単純で、elfは蛭田さんのカリスマで集まってきたスタッフの人たちの会社だったから。当時、彼は『EVE』でフリーランスになっていたので、役員としてelfに入ったわけです。elfのスタッフからしたら、外からきた人間が突然役員になって命令してきたということで、トラブルがいろいろあったという話を梅本くんからも菅野さんからも聞いています。ただ菅野さんを抜擢した蛭田さん自身は『YU-NO』にはまったくノータッチで、すべて菅野さんを信じて任せてました。
●シーズウェア時代の剣乃氏
『EVE』で菅野さんがフリーランスになっていたという話は初耳です。菅野さんは『EVE』の前に作られた『XENON』までは姫屋ソフトの社員で、『EVE』の時からはフリーランスだったんですか。
正確には『XENON』じゃなくて、その次の『エイミーと呼ばないでっ』までですね。
菅野さんは『DESIRE』の時期にすでに『EVE』と同じようなマルチサイトの構想があったんですが、『DESIRE』のマコト編をほとんどエロシーンに改変させられたわけです。それが悔しかったらしくて、『XENON』で『かまいたちの夜』的なマルチシナリオシステムを構築して、3つぐらいルートのシナリオを作り、その内ひとつがエロだったらいいだろうと。最後に社員として会社の方針に忠実に『エイミー』という純粋で明るいエロゲを作って、そこからフリーになって好きなものを作らせてくれ、として出来たのが『EVE』だったんです。そこでエロ絡みではないマルチサイトが初めて作れたわけです。
●YU-NO
『YU-NO』はシステム的には『かまいたちの夜』を視覚的に見せることにして、自由に移動できるようにした。そしたら簡単になっちゃうので、制限としてつけたのが宝玉です。シナリオに関してはタブーに挑戦することがテーマ。近親相姦だったり、カニバリズムだったり、あるいは家畜を食べることとかの常識自体に疑問を突きつける。ただそれもはっきりと描写せずに、プレイヤーに自分がこうなったらどうする?という問いかけを行っている。
高見さんが『YU-NO』に関わったというのが異世界編からということですが、菅野さんはもともと異世界編でもA.D.M.Sシステムをやろうとしていたというのは事実ですか。
それは本当です。本来、A.D.M.Sは二次元ではなく三次元だったんです。つまり現代編、異世界編というのは本来は別の次元の未来だったかもしれない。そうなると当然、過去もある。当初の構想では三次元を宝玉で移動するという話になったんです。ただ開発期間8か月でさすがにそれをやるのは不可能なので、ああいう形になってしまった。