雑談:引用:「不毛ながらゲーム性の定義:島国大和のド畜生」

●不毛ながらゲーム性の定義:島国大和のド畜生
http://dochikushow.blog3.fc2.com/blog-entry-2629.html

 コンピューターゲームで必ずもめるだろう「ゲーム性」のブログ主なりの定義。


 まあ、XXはゲームかどうかなんてもう人それぞれですよねぇ。私は覚えていないけど、初代ドラクエが出た当時「ゲームとはシューテイングとかあれみたいに自分を鍛えた末にクリアするもんだ。時間をかければ誰でもラストにいけるなんてゲームじゃねえよ」という意見があったそうな。

 また、選択肢がほとんどないビジュアルノベルが「ゲーム」なのかは論争の元になりそう。

 かくいう私も「ソシャゲなんかゲームじゃねーよ」とか言ってみたりするしね。



★おまけ

コスティキャンのゲーム論
http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/design_j.html

 筆者のグレッグ・コスティキャンは1970〜80年代に活躍したボードゲームデザイナー。ボードシミュレーションゲーム好きの間では『えっ? 「怪獣征服」とか「デスメイズ」を作った後に「パックス・ブリタニカ」を作ったの?』とか作風の幅の広さで有名ですが、TRPGマニアの間ではこのゲーム論の作者としてのほうが超有名でしょう。何故かと言うと、とある人物がこの論を聖典に祭り上げ、「コスティキャン論に拠っている俺の言うことは正しい、他のやつらは間違っている」という攻撃の道具にしたから、

 おかげで今では私の頭の中では「コスティキャンか…、めんどくさい事を書きやがって」みたいな地位に堕ちております…