ABC 安楽椅子探偵と忘却の岬 http://www.asahi.co.jp/anraku/
【※以下ネタバレ】
あらすじ
海馬地区近くを流れる渓谷で、頭から血を流して倒れている男が発見される。
発見した医師の佐多によって宗谷家に運び込まれ、佐多の娘で看護師・真紀の看護を受けて意識を取り戻すが、自分の名前が思い出せない。頭を打ったショックで記憶が失われたのだ。
宗谷家当主の正太郎から「記憶が戻るまで、ゆっくり養生されるがいい」と厚遇され、屋敷に留まることになるが、使用人達の態度はよそよそしく、村人からは胡乱な目で見られ…。
時折襲うフラッシュバックに記憶の断片を見るが、未だ何も思い出せずにいた。
やがて、自分の名前が「潮野卓也」であることが分かり、海馬村、つまりこの村の出身であることも判明する…しかし、なにかを隠している村人たち。
なにも思い出せない卓也。自分を探すべく、卓也の足はフラッシュバックで見た、青い花の咲く岬「忘却の岬」へ向かうのだった。
その晩、村の陶芸家・エリの恋人のフリーカメラマン立石が忘却の岬で殺される。当日の夕方、忘却の岬に一人で居た卓也にはアリバイが無く、犯人の疑いがかけられるが…。
『出題編』(放映日:2008年10月3日。90分)
2007年6月。海に近い田舎町・海馬地区で、一人の記憶喪失の男が見つかる。男は地区の名士である宗谷正太郎の好意で、記憶が戻るまで屋敷で養生する事になった。やがて男は偶然から自分が「潮野卓也」という名前であり、この海馬地区の出身だと知る。正太郎によると、卓也は15年前に海馬を出て行ったきり行方不明になっていたらしい。そして記憶喪失の人間に余計な情報を与えると却って混乱するので、あえてみなで知らない人のふりをしていたという。
卓也は度々フラッシュバックに襲われ、海の近くで自分が誰かを殴り殺した光景を繰り返し見る。その場所は住民からは「忘却の岬」と呼ばれていた。さらに部屋に何者かが「思い出せ」というメッセージを残していた。やがて台風のせいで地区に繋がる道が塞がり、携帯電話も不通になってしまう。そんな時、海馬を訪れていたカメラマン立石が忘却の岬で殴り殺されているのが見つかるが、その死に様は卓也の記憶の中の人物とそっくりだった。
やがて立石の死亡推定時刻は午後6時から7時の間で、その間に忘却の岬に行って殺人を実行できたのは卓也だけだと判明する。さらに卓也は、何者かが部屋に置いていた古い新聞記事から、自分が15年前の1992年6月に実の父を殴り殺し、以後指名手配されたまま逃亡中の身であることを知る。卓也は、ふと「困ったときに吹くと一度だけ窮地から助けてくれる」という笛を持っていることに気が付き、笛を吹き鳴らす。その後ろから何者かが近づいていた。
『解決編』(放映日:2008年10月10日。70分)
笛を吹いた途端、一堂の前に謎の存在「安楽椅子探偵」が現われ、「純粋推理空間」で事件の説明を始める。
●卓也の推理
このドラマは真犯人の氏名が解っている必要があるが、テロップで名前が出たキャラの内、海馬地区に居た人間は卓也以外全員アリバイが有る。そして笛を吹いた卓也自身も犯人ではない。とすると海馬地区にいなかった宗谷正彦が犯人となる。正彦は伊良湖エリとつきあっているので、立石と三角関係のもつれで殺したに違いない!
正彦は海馬地区に居なかったので、土砂崩れで犯行現場に来れなかったのでは? いや、2008年にはトンネルが完成しているので自由に町の外からやってこれる。「今」が2007年だというのは海馬地区の人間がみんなでグルになって卓也を騙していた。テレビを見ていると「迫る北京オリンピック(2008)」とか言っているし、新聞の天気予報で雨が降るはずなのにふってないし、地震が起きたはずなのにまるでゆれなかった。つまり新聞は一年前のもの。また冷蔵庫を開けさせなかったのは、賞味期限を見られたくなかったから。結論=今は2008年! だから正彦が犯人!
以下、安楽椅子探偵の推理。
●推理1
卓也の推理は大外れである。「今は2008年」ではなく、現実はカレンダーや新聞通り2007年である。別に北京オリンピックの話題を一年前の2007年に放送していても問題はないし、天気予報は外れることがあるし、正太郎の屋敷は地震の振動を吸収するダンパーが仕込まれていた。なにより月齢が新聞に書かれている通りである。2008年の月齢はドラマで描かれた月齢とは全く違う。つまり今は2007年であり、トンネルは開通しておらず、正彦は犯人ではない。ちなみに冷蔵庫を開けさせなかったのは、中に酒しか入っていなかったから。正太郎の妻・宗谷泰江はキッチンドランカーだったのである。
●推理2
卓也は犯人か? 違う。卓也の手の包帯は汚れておらず、凶器を使った形跡は無い。右利きの人間が自分で右手の包帯を取り替えるのは困難。つまり卓也は容疑者から外される。
●推理3
何故海馬の人間は卓也を病院にも連れて行かず、屋敷に軟禁し情報を遮断するような真似をしていたのか。実は殺人事件の時効に関係が有る。卓也の父が殺されたのが1992年6月26日。つまりもうすぐ時効の15年を迎える。海馬の人たちは、卓也を軟禁していたのでは無く、時効が来る2007年6月26日までかくまおうとしていたのである。情報を与えなかったのは、殺人の記憶を取り戻させないためだった。
●推理4
犯人は卓也の部屋に「思い出せ」というメッセージを残した。車椅子の正太郎には二階の部屋に上がってくる事は不可能。つまり正太郎は容疑者から外れる。
●推理5
忘却の岬への道をよく見ると、午後に岬に行った卓也の靴跡の上を、車椅子のタイヤの跡が踏んでいる。つまり車椅子が夕方以降に通ったのである。車椅子が岬に行った理由はただ一つ、立石の死体を運んだ。つまり立石が殺されたのは忘却の岬ではない。よって、海馬地区の住人にアリバイがあるという考えは根底から覆された。犯人は岬以外の場所で立石を殺し、夜中に車椅子に乗せて死体を岬まで運んだのである。
●推理6
立石は殺された日の夕方、卓也を見て指名手配犯がいると気が付いた。そして警察に電話しようとしたが、携帯がまだ使えなかったので、岬から一番近い正太郎の屋敷にやってきて固定電話を借りようとした。しかしそれを阻止しようとする犯人に撲殺された。
犯人は死体を一時的に隠さざるを得ず、倉庫に隠した。倉庫の状況からして倉庫の奥に隠したのは間違いない。何故なら犯行時刻後、卓也と佐多真紀が倉庫にストーブを取りに行ったとき死体は見あたらなかったからである。しかし何故犯人はそんな奥にわざわざ隠したのか? 答え:卓也たちが後からストーブを取りに行くことを知っていた。
それを知っていたのは、卓也、正太郎、佐多真紀、日向亜紗子の四人だけ。既に卓也と正太郎は容疑者から除外されているので、残りは佐多真紀と日向亜紗子。
●推理7
立石の携帯電話の電源がオフになっていたのは何故か。それは犯人がオフにしたとしか考えられない。立石の携帯の着信音は物凄い爆音で、犯人は携帯が着信やアラームでうっかり鳴ったら死体の場所がばれてしまう、と危惧したに違いない。ところで立石の携帯の着信音が爆音と知っているのは誰か。真紀はそのことを知らないので残るは日向亜紗子だけ。つまり犯人は日向亜沙子。
●真犯人は……
家政婦「日向亜沙子」。卓也はテレビ番組で時効が迫った自分の父親の事件が取り上げられたため、潜伏先に居られなくなって、故郷の叔父を頼ろうと海馬に戻ってきた。亜沙子は卓也の父に好意を持っていたため、彼を殺した卓也が許せなかった。そのため、自分で殺そうと思っていたので、立石に警察へ通報される事を阻止した。また15年前の卓也の殺しと同じ形で立石の死体を残しておけば、卓也が記憶を取り戻すと思った。記憶を取り戻させ罪を自覚させた上で殺そうとしたのてある。
さらに言えば、15年前の殺人の犯人は正太郎。証拠は卓也のフラッシュバック映像の端の方に、正太郎の姿がキッチリ写りこんでいる。
●エピローグ
事件は岬で関係者が集まった中、卓也が真相を推理し真犯人を言い当てた事になっていた。安楽椅子探偵は卓也以外には見えなくなり、正太郎と亜沙子は警察に出頭していき、岬には卓也のみが残された。そしてそして安楽椅子探偵も消え去さった。卓也は真紀にこの海馬に残ると約束するシーンで〆。
感想
朝日放送(ABC)制作の、伝説的視聴者参加型推理ドラマ「安楽椅子探偵」シリーズの第七弾。まず最初に「出題編」を放送し、視聴者に犯人名とそこに到る道筋を推理して応募してもらい、数日後に「解決編」を放送、という形式で放送されたドラマ。
原作者たちが「ロマンチックミステリー」と呼ぶだけあり、シリーズ過去作品のノリはかなり違った2時間ドラマテイスト作品だった。何せクライマックスシーンは、海岸に面した断崖の上で真犯人が犯行動機とかを延々語った挙句、最後に警察に出頭するのだから。
このシリーズいつものごとく謎は難解だったが、体感的には最も易しかった3作目「安楽椅子探偵の聖夜」と同レベルに思えた。謎説きとしては適切なレベルだと思うが、とんでもないアクロバット展開だった6作目「安楽椅子探偵ON AIR」の印象が余りにも凄すぎて、「え? この程度の謎解きで終り?」と拍子抜けした感は否めない。まあ、2007年を2008年を誤解させるミスリードが物語全体を覆うような、超絶どんでん返し作品だったら満足できたかもしれない。
ちなみにシリーズはこの作品を最後に、現在(2016年)まで新作は作られていない。残念なことである。