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【 線文字Bの解読 (みすずライブラリー)

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https://gemhall.sakura.ne.jp/cqrlm-linearB.html


は本来は宝石に関するサイトなのですが、何故か「線文字B」解読に関する話が書かれていて、これが読み応えありましたので、引用一杯で書かせていただきます。
 

 1900年にイギリスの考古学者、アーサー・エヴァンズ( Arther Evans 1851 - 1941 )がクレタ島にて発掘したクノッソスの宮殿と、クレタ島各地の遺跡からから、後にクレタ聖刻文字、線文字Aと、線文字Bと呼ばれるようになった文字を刻んだ粘土板が発見された。

 クレタ聖刻文字は、おそらく紀元前2000年紀にクレタ島にて、今日ミノア文明と呼ばれるようになった文明を興した先住民族によって発明された筆記法と考えられている。それから発展した線文字Aは紀元前1750から1400年頃まで使われていた文字であり、クレタ島と周辺の島のみにて発見されるが、発掘された枚数が少なく、今日に至るまで未解読のままだ。

 線文字Bは線文字Aから派生した文字で前述の二つの文字同様、言語も文字も未知であったが、クレタ島だけではなく、既に数十年前からギリシア本土、ミュケナイ、テバイ、ティリュンス、エレウシウス、オルコメノスの発掘品からも知られてはいた。

 しかしながら、冒頭で述べた古代エジプト象形文字や、古代ペルシアの楔形文字とは異なり、線文字Bは、そもそも何時の時代に、如何なる民族が記した言語で文字なのかさえ不明であり、多国語併用文等々、解読の鍵となる手掛かりが一切無いところから始まり、言語学の専門家でも、学者でもない無名の建築家によって純粋に統計的手法を駆使して解読されたという、言語学史上驚異の偉業だった。

 

語学の才能に恵まれていたとはいえ、専門の言語学者でもなければ、大学も出ていない建築家であったマイケル・ヴェントリスが、14歳でアーサー・エヴァンズの講演を聴いて以来、線文字Bを、統計学的手法を駆使し独力で解読を成し遂げたのであった。

 

そして1956年9月にロンドン郊外にて交通事故で亡くなった。 享年34歳の若さだった。

 

線文字Bが解読され、それが紀元前15世紀頃にクレタ島に移住したミュケナイギリシア人によって書かれた、現在とは異なる文字であったという事実は、歴史を書き換える発見だった。

一般に、ヨーロッパの文化の源流となったギリシアの歴史と言えば、せいぜいホメロス叙事詩やオリンピックが開催された年とされる紀元前8世紀頃までしか知られていなかったから、それを一気に700年も遡る資料が発見され解読によって明るみに出た事はまさに歴史上の偉大な発見であった。

一つ残念なことは、線文字Bに記されていたのは、在庫表や、物品目録であって、これを書いた書記や役人達は当時の人々の生活を示す事実も、歴史の出来事も,詩の一遍も、落書きすらも書こうとはしなかった。
即ち、線文字Bは一般に使用されることもなく、単に在庫を記するためだけに作られ、使われた文字であった。

 

コメント

 この手の話題大好き。基本的なところは知っていたのですが、詳細に書かれていてとっても面白かったです。