【推理小説】感想:小説「九マイルは遠すぎる」(ハリイ・ケメルマン/1976年)[ハヤカワ・ミステリ文庫]

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九マイルは遠すぎる (ハヤカワ・ミステリ文庫 19-2) 文庫 1976/7/1
ハリイ ケメルマン (著), 永井 淳 (翻訳), 深町 眞理子 (翻訳)
出版社:早川書房 (1976/7/1)
発売日:1976/7/1
文庫:253ページ

★★【以下ネタバレ】★★
 

ニッキイ・ウェルト教授がふと耳にしたのは「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」というなにげない言葉だった。だが、この短い文章だけを頼りに推論を展開した教授は、なんと前夜起きた殺人事件の真相を暴き出したのだった! 純粋な推理だけを武器に、些細な手がかりから難事件を次々に解き明かしていく教授の活躍を描く、本格推理小説のエッセンスともいうべき珠玉の傑作短篇集!

 

概要

 安楽椅子探偵ニッキイ・ウェルト教授物の8作品を収録した短編集。


あらすじ(ネタバレ)

●1「九マイルは遠すぎる」

 「私」の友人ニコラス(ニッキイ)・ウェルト教授は、雑談中に、10語程度の短文を提示されたらそこから全く考えもしなかったような推論を引き出してみせる、と言い出した。それを聞いた私はふと思いついた「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」という文章を伝える。

 ニッキイは推論を連鎖させ、この言葉の語り手は人目につかないように真夜中に1人で宿からハドリーという町まで9マイルを歩いたと推理する。そしてハドリーの駅を通る列車では深夜に殺人事件が発生していた事が判明した。私はつい先ほどまでいたレストランに見知らぬ二人組がいたことを思い出し、その二人組が殺人に関係しているとみて捕まえさせた。



●2「わらの男」

 「私」の知人の検事が雑談で、既に終わった誘拐事件の話を持ち出す。資産家の娘が誘拐され、警察に届けないまま身代金を支払ったので、既に被害者は解放されていた。検事は誘拐犯が脅迫状に指紋をたっぷり残していたので、犯罪者はとんでもない凡ミスをするというものだと説明する。

 その話を知ったニッキイは、犯人はわざと指紋を残したと推測する。二人以上の犯人がおり、一人がもう一人の事を信用していなかったため証拠として指紋を残させたのだと言う。さらにニッキイは身代金を出した資産家というのは実は無一文で、逆に無一文だと思われている資産家の兄から金をだまし取るため、実の娘を誘拐させたと考える。そして銀行口座を調べればすぐに誰が真の資産家なのかわかると指摘する。



●3「10時の学者」

 「私」は法学部教授から郡検事になったが、私の所属する大学で博士論文の審査を受けるはずだった若者が、自室で撲殺死体で発見された。容疑者は以前に被害者との喧嘩を目撃された知人と、殺害現場から金を盗んでいた整備工だった。

 しかしニッキイは、被害者が自室に置いてあった短剣を凶器として撲殺されていたことに注目し、わざわざ妙な凶器を選んだのは別のもので殴った跡を隠すためと考える。そしてニッキイは、被害者の恩師である大学教授がステッキで殴り殺したこと、さらに殺人の理由は教授が発見したという古文書を被害者が偽物と見破ったため、だと考える。ニッキイが教授に連絡を取ると、教授はピストル自殺した。



●4「エンド・プレイ」

 「私」は軍に関連する研究をしていた教授が、自宅を訪問してきた何者かに殺害された件を捜査していた。ところが同じ事件を追っている陸軍情報局の大佐は教授は自殺だったと言い出す。問題の教授は同僚の教授と自宅でチェス中、研究の停滞に責任を感じドアの前まで行って自分で自分を撃ったのだと言い、死体の手にパラフィンテストで火薬反応があったことを明かす。

 しかし同席していたニッキイは部屋の写真から、チェスは対局されたのではなくそれらしく並べられていただけだと見抜き、対局していたという教授の主張がウソだと主張する。実際にはおそらくその教授がいきなり家に来た途端被害者を射殺して研究のサボタージュの罪を擦り付けようとしたのだと指摘するのだった。



●5「時計を二つ持つ男」

 「私」の知人は雑談で本物の心霊現象に出会った話を始める。その人物はメイン州の田舎で夏の休暇中、資産家の伯父とその甥と知り合いになる。その伯父は神経質で時間を正確に知るために常に懐中時計を二つ持っているのだという。ある夜、その甥と一緒に帰宅しようとしたところ、甥は透明な何かに阻まれて家に入れなかったという。そして甥が伯父に対する不満をぶちまけた翌日、その伯父は二階の階段から転落して死んでいた。

 ニッキイはそのオカルト話を聞き、甥の殺人だと指摘する。階段に細工して足を滑りやすくしておいてから、さらに二つの懐中時計の時間をずらし、伯父が正しい時刻を確認するため階下に降りざるを得ないようにしたという。家に入れない云々は、家に入ったら伯父が階下に降りずに声をかけてきて時間を確認されてしまう事を恐れたのだと指摘する。



●6「おしゃべり湯沸し」

 ニッキイが勤める大学で学会が開催されることになり、全国各地から関係者が詰めかけていた。ニッキイは関係者が宿泊している部屋から湯沸かしの沸騰する音が聞こえたことから推理を展開する。

 部屋の中の人物はコーヒー党なので湯沸かしは不要で、湯を沸かしたのは蒸気が必要だったから。それは封筒の封を蒸気で剥がし、中のものを取り出すつもりだった。郵便に入るからにはそれは薄い物で恐らく鍵である。ニッキイは件の人物と同室の人物が高価な美術品をもって学会に来たと話していたので、問題の鍵はそれを収めたコインロッカーのものだと推理する。そしてコインロッカーに行くと、件の人物が美術品を盗もうとしているところだった。



●7「ありふれた事件」

 新年早々街が大雪で覆われたある日。雪の中から胡散臭い事で警察に目を付けられているある人物の撲殺死体が発見される。警察は被害者と因縁のあった人物の仕業と決めつけて捜査を進めていたが、ニッキイは異議を唱える。

 ニッキイは犯人が死体を雪に隠したのは永遠に隠すつもりだったのではなく、ほんの数日間だけ死んだことを隠せば良いと考えていたのだと指摘する。そして被害者の義理の姉とその息子が被害者を殺す動機が有り、また故人が書いた小切手が不渡りにならないように数日間だけ死を隠す必要があったと推理する。



●8「梯子の上の男」

 「私」の知人の教授が本を書いて小ヒットを飛ばし、次回作を期待されていたものの道路の工事現場から転落して死んでしまった。さらに件の教授の仕事を手伝っていた助教授の家でアンテナ取り付け作業をしていた男が梯子から落ちて事故死した。

 ニッキイと私は転落死した男が、助教授が教授を殺した事をネタにして恐喝し、逆に助教授に殺されたと推理する。どうやって梯子から突き落としたのかと言えば、飼い犬を犬笛で読んで梯子にぶつかるようにしたのだった。


感想(ネタバレ)

●1「九マイルは遠すぎる」

 表題作にして伝説的に有名な作品。しかし実際に読んでみると、かなり予想と違っていて面くらいました。予想では

『名探偵と友人がカフェで雑談中に隣席の男たちが9マイル云々と話しているのが聞こえる。それを聞いて名探偵が考え込む。そのあと突然隣席の男たちを警察に捕まえさせる。最後に名探偵が友人に推理内容を話して聞かせる』

 といった話と思っていたわけですが……

 実際はニッキイが私から聞いた短文を元ネタに、想像の翼を広げて適当な推測を延々並べているだけだという……、一応最後に「もしかして現実の事件では」とか言い出して怪しい男たちを捕まえる、というオチがつきましたが、なんというか変な話すぎる。せめて「九マイル」云々を提示するときに「さっきすれ違った男が話していた言葉なんだ」とつければ、印象は全く変わったでしょうに、これが名作と言われるのはちょっと不思議な気分です。

 ちなみに「九マイル」云々は英語では「A nine mile walk is no joke, especially in the rain.」となります。11語ですね。



●2「わらの男」

 ニッキイが「脅迫状にべたべたと指紋がついていたのは何故か」という点からスタートし、最終的に偽装誘拐だったと見抜く、という展開が自然でよかった。安楽椅子探偵がちょっとしたことから隠れていた事件を暴き出し、さらに犯人までたどり着く、という本格推理物らしい話でした。表題作もこういう方向で行ってほしかったなと。



●3「10時の学者」

 ニッキイが撲殺の凶器が変過ぎるという疑問から犯人(恩師の教授)をサクッと見つけ出す流れがまあまあでした。



●4「エンド・プレイ」

 チェスの盤面のおかしな点から関係者の証言の嘘を暴き出し、一気に解決までもっていく、という展開は刑事コロンボの様な風味で結構面白かった。いかにも推理小説的な、何故犯人はそんな面倒くさい事をしたのか、という問いに「表を人が歩いていて犯行後にこっそり逃げ出せなかったのさ」と答えを用意していたのも良し。



●5「時計を二つ持つ男」

 オカルト事件に見せかけた未必の故意殺人の真相を暴く話。ただ被害者が懐中時計を二つ持っているとかやや設定に無理がある気もしなくもない事件。



●6「おしゃべり湯沸し」

 ニッキイが湯沸かしのピーという音を聞いただけで犯罪を見つけ出すという話。これは出来が良くて結構お気に入り。



●7「ありふれた事件」

 「犯人は何故雪の中に死体を隠したのか」から犯人を見つけ出す事件。評価はそこそこ。悪くはないが感心もせず。

 ちなみに私の読んだ「二刷」では、P192では被害者「ミスター・ジョン」の名前が入るべきところが全て犯人「フランク」と間違って書かれていて話のつじつまが合わず混乱しました。まあ多分原書から間違っていると思われます。



●8「梯子の上の男」

 話がごちゃごちゃとし過ぎていて、ちょっとすっきりしないエピソード。それほど評価せず。


総括

 評価は○(まずまず)

 「名探偵もの」で「デビュー作があまりにも有名すぎて、その後の作品は殆ど知られていない」、というところが「思考機械」シリーズと全く同じパターンの探偵の作品集。

 全体として悪くはなく、それなりには楽しめたのですが、目玉の「九マイルは遠すぎる」がちょっとね。「ウォー、すげぇぇぇ」ではなく「んん? これだけ?」という拍子抜け感があったことは否めず……、

 悪くはないのですが、めちゃくちゃ面白いというわけでもない微妙な作品集でした。イヤホント、悪くはないんですけどねぇ。