感想:オカルト検証番組「幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリーE+(プラス)」『幻のツチノコを追え!』(2020年11月23日(月)放送)


幻のツチノコを捕獲せよ―全国各地で目撃多発!ツチノコは必ずいる!! (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)

幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリーE+(プラス) https://www.nhk.jp/p/ts/R88ZYP985X/
放送 NHK Eテレ。毎週月曜午後7:25~午後7:50(25分)

www.nhk.jp
【※以下ネタバレ】
 

他の回の内容・感想

perry-r.hatenablog.com
 

超常現象の謎を楽しみながら、その正体を徹底検証!
BSプレミアムで大好評を博したシリーズが、地上波・Eテレの夜に出現!
2014年に放送した総合テレビ版から名作をセレクト。最新情報などを加え再構成。
みなさんの心に引っかかっている謎と神秘と不思議の真相に迫ります!

光と闇のナビゲーター 栗山千明
語り 中田譲治
テーマ音楽 志方あきこ

 

幻のツチノコを追え! (2020年11月23日(月)放送)

 

内容

幻解!超常ファイルE+(プラス)「幻のツチノコを追え!」
[Eテレ]2020年11月23日(月) 午後7:25~午後7:50(25分)


捕まえたら賞金〇百万円!かつて日本中にブームを巻き起こした幻のヘビ・ツチノコ。その正体を生物学や歴史、民俗学などさまざまな角度から徹底検証!驚き満載の正体とは?


妖怪?珍獣?あなたも聞いたことがあるはず。日本を代表する謎の生物ツチノコ。太く短い胴体をした幻のヘビ。昭和・平成と2度にわたり日本中をブームに巻き込み、多額の賞金がかけられながらも、いまだ正体がわからない未確認生物を徹底検証!目撃多発地帯を直撃取材!証言から浮かぶ常識外れの驚きの生態とは?そして千数百年も昔から日本人と関わり、語られ続けた意外な正体とは?驚き満載の、ツチノコの真の姿をご紹介します。


【出演】栗山千明,【語り】中田譲治

 
ツチノコブーム

 「ツチノコ」は日本屈指の有名未確認生物で、人気漫画「ドラえもん」や「ちびまる子ちゃん」にも登場したほど。

 昭和40年代後半、近畿地方から始まって日本中でツチノコの目撃が多発し、日本中で大ツチノコブームとなった。そして大手百貨店が懸賞金をかけると、ブームはさらに過熱した。また昭和の終わりから平静初期には第二次ツチノコブームとなり、ツチノコ探しイベントが行われるなどした。



ツチノコの姿

 ツチノコは、全長30センチから80センチほど、三角形の頭、太い胴体、細いしっぽ。尺取虫のように這うかと思えば、二メートルもジャンプして人に襲い掛かかるとも。猛毒を持っており、噛まれた一人は死に、一人は重体になった、とも伝えられる。

 スタッフは、かつてツチノコが目撃されたという奈良県吉野郡上北山村を訪問。この村では、昭和40年代前後と、昭和62年にツチノコが目撃され、二度のブームに影響を与えている。


・昭和62年9月25日 夜10時頃 … 三角形の頭の蛇を目撃。前ではなく横に這って移動していた。
・昭和39年4月18日 午後3時頃 … 二本の角を出した
・昭和40年頃 … 蛇ではなく毛むくじゃらだった


 その他の目撃事例では「瞼を動かし瞬きをする(ヘビは瞬きはしない)」「いびきをかく」「坂道では頭と尻尾を繋ぎ、輪になって転がって移動する」など。



ツチノコの正体?

 ツチノコの正体として有力視されているのが「アオジタトカゲ」の仲間。三角形の頭、太い胴体、短いしっぽ、等、足があることを除けば特徴がとても似ており、草むらで足が見えなければツチノコそのもの。元々インドネシアやオーストラリア産の生き物だったが、昭和40年代にペットとして輸入されるようになっていた。また同じ頃、東南アジアからの木材輸入が急増しており、木材に紛れて日本に入り込んだこのトカゲが野山に逃げ出したとすれば、第一次ブームと一致する。

 ただし、東南アジアのトカゲが、日本の厳しい冬に耐えて繁殖するのは不可能と思われ、全ての目撃事例を説明するのは無理がある。

 爬虫類の専門家は「ヤマカガシ」の見間違えではと指摘する。ヤマカガシは相手を脅す「威嚇姿勢」では、頭の後ろ辺りを平べったく広げるので、その後ろの胴体が見えなければ体の太い蛇に見える。実際「ツチノコの死体」と言われるものは、調べてみるとヤマカガシだという。

 またその他にも「妊娠したり獲物を飲み込んだりして胴体が膨れた蛇」「ヒメハブ」「ヤマナメクジ」「オオサンショウウオ」などを見間違えた可能性もある。



●神話とツチノコ

 180年前に書かれた本にはツチノコそっくりの生き物が描かれているが、名前は「野槌(のづち)」となっている。日本人と野槌の関係は神話の時代にまでさかのぼり、イザナギイザナミの娘の女神カヤノヒメは別名「野椎神(のづちのかみ)」という。しかし、最初は神だった野槌は、やがて恐ろしいものに変化していく。


・怪奇! 野槌現る!! その1 変形!? 野原の怪霊編

 江戸時代に和歌山に出現した野槌は、全長5メートルで我々が知るツチノコに近い姿。また別の本には、巨大な毛だらけの芋虫の様な姿で描かれており、草木の精霊と説明されている。


・怪奇! 野槌現る!! その2 転がる妖怪の襲撃編

 北陸地方金沢では、野槌は「人に祟る妖怪」と認識されていた。「槌の子坂を巨大な槌が転がってきて、それを見た人は毒気に当たって倒れる」と言い伝えられていた。「槌」とは農作業に使う「横槌」の事で、日本人は古来物に霊魂に宿ると考えており、横槌が妖怪になったと考えた。


 こういった言い伝えを見ていくと、「ツチノコ」とは特定の動物ではなく、自然の事象を象徴した物、と理解できる。



ツチノコブームの始まり

 ところが昭和38年、日本人のツチノコのイメージを一変する出来事が起きた。ツチノコの手配書が作られたのである。そこに書かれている姿は現代人がイメージするツチノコそのもの。これを作ったのは随筆家の「山本素石(やまもと・そせき)」だった。

 素石は、昭和34年8月13日、京都北部の山の中で謎の生物と出会い、地元の老人にそれは「ツチノコ」だと教えられる。そこで素石はツチノコの正体を確かめるべく、釣り仲間と共に、ツチノコ捜索や目撃者への聞きとりを開始した。

 全国各地のツチノコの民間伝承を調べると、名前も姿も性質も多種多様だった。そして素石はそれらのツチノコのイメージを集約して一つにまとめ、その姿を書いた「手配書」を作ったが、それにより世間の人たちは「これこそがツチノコの姿」と思いんでしまった。そして素石たちの行動がマスコミに取り上げられると、ツチノコは「祟り・呪い」とは切り離された「単なる未知の小動物」と化し、賞金を懸けられる存在となってしまった。

 素石は昭和48年(1973年)に書いた「逃げろツチノコ」という本で、ツチノコ探しからの撤退を宣言し、またツチノコ探しがお金が絡むいやらしいブームになってしまったことを嘆いた。

 その後もツチノコが捕まることはなく、村起こしなどのキャラクター化していった。現在の「未知の生物ツチノコ」というイメージは、神話やあるいは妖怪といった神秘的なものが「世俗化」して生まれたものだといえる。


感想

 未確認生物界のスーパースター・ツチノコの正体に迫る回。妖怪的な「あくまで伝承上の存在」が、色々な経緯で「実在するだろう未知の生物」扱いへと変化していく過程が面白いですね。
 
 

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逃げろツチノコ
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