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感想:海外ドラマ「X-ファイル シーズン8」第11話「ギフト」


X-ファイル シーズン8 (SEASONSコンパクト・ボックス) [DVD]

■ディーライフ/Dlife X-ファイル シーズン8 http://www.dlife.jp/lineup/drama/xfile_s8/
放送 Dlife。全21話。

【※以下ネタバレ】


※シーズン8の他のエピソードのあらすじ・感想はこちら→「X-ファイル シーズン8」あらすじ・感想まとめ

第11話 ギフト THE GIFT

あらすじ

http://www.dlife.jp/lineup/drama/xfile_s8/episode.html
EP11 ギフト
ドゲットはモルダーの携帯電話の記録から、去年の春、彼が失踪する直前にスクアマッシュを訪れていた事実を突き止めた。彼の報告書に、ある疑問を抱いたドゲットは・・・。

 お題は「シャーマン」。


 ドゲットは失踪したモルダーの手がかりを追ううち、失踪直前の昨年(2000年)5月にペンシルベニア州の小さな町から電話をかけていることを突き止める。ドゲットは現地に赴くが、モルダーがここである事件を捜査していた事しか解らない。また町の住民は何か隠し事をしているようだった。

 やがてドゲットはこの町に、病気を食べて治すシャーマン「シン・キャッチャー」の伝説が伝わっている事を知る。シン・キャッチャーは実在し、病気の人間を食べたあと吐き出して健康な肉体に戻す、という能力があったが、町の人間にはまるで道具の様に扱われていた。ドゲットの推理では、モルダーは昨年自分の脳の病気を治してもらうためシン・キャッチャーに出会ったが、考え直し、彼を過酷な運命から解放するため殺そうとした。しかしシン・キャッチャーは生き返ってしまい、また町の人間に利用されていた。ドゲットはシン・キャッチャーを町から逃がそうとするが、町の住民に見つかって撃ち殺される。しかしシン・キャッチャーはドゲットを生き返らせ、その代償に死んだ。

 ドゲットは報告書を書こうとするが何も書けないまま終わる。


監督 キム・マナーズ
脚本 フランク・スポトニッツ


感想

 評価は△。

 久々に本来の仕事を思い出したドゲットが、失踪したモルダーの手がかりを追ううち、田舎町の住民たちが抱える怪しげな秘密に関わっていく、という話。最初は良さそうに思えたが、真相が解ってみると地味で何の面白みも無い話に過ぎず、落胆に値した。せっかくモルダーが久々に登場したのに、この程度の話で終わるとは、あまりにももったいないエピソードだった。


 シャーマンというのは超自然の存在と交信して超常の力を発揮する人たちのことだが、今回出てきたシャーマン「シン・キャッチャー」は、病気の人間を食べたあと、体内で病気をろ過する的な事をした後、かゆの様に吐き出して人の形に組み立て直す、という能力を持つ模様。そのため吐き出された人間は現代医学では不治の病でも完治してしまうが、シン・キャッチャー自身は病気を全て体内に引き受けてしまうので、もう正常な人間の形をとどめていない怪物の様な姿になっている。その真相が明かされない時点で、腎臓病の人妻マリーをシン・キャッチャーが襲う(様に見えた)場面は、マリーが全裸で横たわっているので何かちょっと大人な感じのシーンに思えた。

 シャーマンの設定はそれなりに興味深かったが、全体に面白みのある事件ではなかったし、この程度の事件にわざわざモルダーを絡ませなくても、という気持ちになった。また終盤ドゲットは町の保安官に撃ち殺され、その後シン・キャッチャーの力で生き返るが、FBI捜査官を撃ち殺した人間たちをそのままにしておいて良いのだろうか。まあ、ドゲットが生き返った以上「殺人事件」という物は無かった事になったのだが、なんとなく釈然としないオチだった。

 本エピソードは「週末にドゲットが一人で捜査している」という設定のため、スカリーは本編には全く登場しない。実はこれは、スカリー役ジリアン・アンダーソンが娘と過ごすためにオフをもらっていたからこういう話になったとのことである。おかげで今回は第7話「第三の目」同様に、ドゲットとスキナーがコンビで事件を捜査する話になってしまい、モルダー&スカリーのコンビがウリだったX-ファイルはもう無くなってしまったのだなぁ、と妙に寂しい気持ちになった。


 今回、ドゲットがモルダーのアパートを家捜しするついでに、水槽の魚にエサをやっているシーンが有る。どうやらドゲットは今シーズンの初めからずっとモルダーの留守宅を訪ねては、ペットの魚の世話をしているらしい。なんというか意外にマメな男である。


一言メモ

 サブタイトルの原題「THE GIFT」とは「贈り物、天賦の才能」といった意味で、病人側が「健康な体を贈られる」という意味であり、またシン・キャッチャーが「病気を治す天賦の才能を持っている」という意味でも有る。