感想:NHK番組「ザ・プレミアム」『風雲!大歴史実験 戦国鉄砲隊VS騎馬軍団 織田信長・軍事革命の秘密』

長篠の戦い (歴史新書y)

風雲!大歴史実験 http://www4.nhk.or.jp/P3924/
放送 NHK BSプレミアム

【※以下ネタバレ】
 

国鉄砲隊VS騎馬軍団 織田信長軍事革命の秘密 (放送:2015年7月25日(土) 21:00~22:30)

 

内容

“実験”によって、歴史の大転換点の意外な真相に迫る大型・歴史番組の第二弾。 戦国の覇者・織田信長の「鉄砲隊」にスポットを当て、鉄砲が歴史をどう変えたのかを探る。


壮大な“実験”で、歴史の大転換点の意外な真相に迫る大型・歴史番組の第二弾。戦国の覇者・織田信長の「鉄砲隊」にスポットを当て、鉄砲が歴史をどう変えたのかを探る。武田の騎馬軍団を粉砕した信長の鉄砲隊。当時1対1では騎馬の方が強かった!火縄銃を最先端兵器に変えた信長の発想とは?大量の鉄砲隊を生んだ“社会変革”。そして鉄砲隊対鉄砲隊の戦いの悲惨な結末と日本人の“平和”を生み出した知恵とは?


【出演】春風亭昇太鹿島茂喜屋武ちあき,【アナウンサー】徳田章

長篠の戦いの真実

 天正3年(1575年)5月21日に設楽原(したらがはら)で、織田信長武田勝頼が対決し、信長が勝利した。これは「長篠の戦い」と呼ばれ、織田の鉄砲隊が武田の騎馬軍団に完勝した戦いとして知られる。

 当時の鉄砲「火縄銃」は強力な武器で、50メートル離れていても、矢を防ぐための木の盾はおろか、鉄の鎧(厚さ一ミリ)でも簡単に貫通してしまう。


 長篠の戦いの様子を調べると、織田軍と武田軍は50メートルの距離で対峙し、織田側は敵の侵入を防ぐ「馬防柵」に立てこもっていたという。しかし50メートルというのは近すぎでは?

 という事で実験。競技で火縄銃射撃をしているベテランたちに試射してもらうと、50メートルの距離ならほぼ百発百中だが、100メートルになると殆ど当たらなくなることが判明する。火縄銃は現代のライフル銃と仕組みが違う(銃身にライフルと言う溝が無い)ため、距離が離れると命中率が格段に落ちる。信長はその事を熟知していたと思われる。


 しかし、50メートルの距離では、馬は「重い装備・足元が悪い」という悪条件を加味しても、9秒で駆け抜けてしまう。これでは織田側は、あっという間に騎馬に突入されてしまうのではないか。実験してみても、火縄銃が一発撃つためには30秒はかかり、とても迎撃に間に合わない。そこで考えられるのが、あまりにも有名な「三段撃ち」。兵士を三組に分け、交互に撃ちまくったとされるが、これは真実なのか?

 実際三人×三組で実験してみても、三組がそれぞれ場所を移動してから弾を込めて指揮官の合図で発射、とやっていると全く間に合わない。しかし各人が移動せず、指揮官の合図も待たず、用意が出来次第とにかく撃ちまくる、というスタイルに変えてしまうと、結構濃密な射撃が可能だった。信長が行ったのはこういう撃ち方ではなかったろうか。

 実は戦いに参加した当事者の資料には「撃ちまくった」と書いてあるだけで、三段撃ちとはどこにも書いていない。それは後世の人が勝手に創作したものであるらしい。



●何故信長は大量の火縄銃をそろえられたか

 火縄銃を使用するためには、銃本体を作るだけではなく、火薬その他も用意する必要がある。しかし、必要な硝石(火薬)、鉛(弾)、木綿(火縄)などは輸入に頼っていた。信長は海外交易が盛んな境の町を押さえることで、それらを自由に入手できたのである。

 ちなみに、日本の火縄銃は独自改良がくわえられており、火縄を火薬に押し付ける部分「カラクリ」が瞬間で動くようになっていた(瞬発式火縄銃)。引き金を引いてすぐに撃てればそれだけ早く攻撃できる。海外の火縄銃は引き金を引いても火縄がのんびりゆっくり降下する「緩発式」だった。

 火縄銃は「銃床」「カラクリ」「銃身」を別々の人が作って、最終工程で組み合わせる形式で作られていた。のちの世の工業製品の作り方を16世紀で既にやっていたのである。



●数の力で勝利する

 鉄砲は他の武器に比べて使用者の技量をあまり求めない。同じような長距離攻撃武器の弓も、極めれば「弓《道》」になってしまうが、鉄砲は正しく構えて撃てば誰でもそれなりに当たる。という事は、鉄砲を持った人間をとにかくそろえれば、もう数の力で勝ててしまう、という身もふたもないことに、信長は気がついていたはずである。


 そこで実験。サバイバルゲームのベテランと一般人でそれぞれチームを作り対戦してもらうと、

ベテラン「3人」VS一般人「6人」→ベテラン全滅。一般人は犠牲者4人
ベテラン「3人」VS一般人「9人」→ベテラン全滅。一般人は犠牲者2人
ベテラン「3人」VS一般人「18人」→ベテラン全滅。一般人は犠牲者0人

となる。素人考えだと、味方の数が増えても犠牲者は減らない気がするが、実際は味方の数が増えれば増えるほど犠牲者は少なくなる。これは「ランチェスターの第二法則」という物で説明できる。「戦力=武器の性能×人数の二乗」で、人数が増えれば増えるほど力の差が拡大していくので、少ない方はもうまともに攻撃もできなくなるので、結果的に犠牲者が減るのである。

 信長は農家の次男以下といった家を継ぐ必要の無い人間を兵士として集めて常備軍を作り、兵隊の数を揃えた。そういう兵士を養うための城下町も生まれた。実は城下町は信長が作ったのである。鉄砲中心の軍団への移行は社会の在り方も変えていった。



●鉄砲はどこへ行ったのか

 戦国時代に15万丁有ったという火縄銃は、その後どうなったか? 江戸幕府は銃の管理を徹底したことで、火縄銃は事実上日本から消えてしまった。そして銃を作っていた鉄を農具に振り向けて農業生産が拡大したことで、日本の人口は大いに増えた。日本は銃を捨てて平和国家として生きる道を選んだのである。


感想

 歴史上のエピソードを実験で確かめる番組の第二弾(初回放送 2015年7月25日(土)午後9:00~午後10:30(90分))。

 織田鉄砲隊の三段撃ちがフィクションくさい、というのはもう定説でしたが、それを机上でこねくりまわすのではなく、実際にやってみて「うん、これは無理だ」と見て解らせるのが凄い説得力がありました。こういう歴史へのアプローチの仕方ってイイですね。すごく面白い。


 また当世視聴者向けに、番組の途中で歴史ゲーム風の画面(アニメ風の武将の立ち絵があって、下の方にウインドウで台詞が表示されている)が表示されて、アニメ絵のハンサム信長(声:島崎信長(笑))が「ふふん、どうやらワシがどうやって勝利したか、ようやくわかったようだな!」とか決め台詞を発しまくるのに笑いました。歴史番組にこんなオタ要素を突っ込んでくるNHK、侮れません。
 
 

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