【推理小説】感想:小説「どんどん橋、落ちた」(綾辻行人/1999年)

どんどん橋、落ちた (講談社文庫)

http://www.amazon.co.jp/dp/4062735725
どんどん橋、落ちた (講談社文庫) 文庫 2002/10/4
綾辻 行人 (著)
文庫: 336ページ
出版社: 講談社 (2002/10/4)
発売日: 2002/10/4

【※以下ネタバレ】
 

ミステリ作家・綾辻行人に持ち込まれる一筋縄では解けない難事件の数々。崩落した〔どんどん橋〕の向こう側で、殺しはいかにして行われたのか? 表題作「どんどん橋、落ちた」や、明るく平和なはずの“あの一家”に不幸が訪れ、悲劇的な結末に言葉を失う「伊園家の崩壊」など、5つの超難問“犯人当て”作品集。

 

あらすじ

 推理作家・綾辻行人(作者自身)が主人公となって「犯人当て」をする、という推理ゲーム形式の作品集。冒頭で、この本は第1話から順番に読むように指定されている。


・第1話「どんどん橋、落ちた」

 1991年の大晦日綾辻行人の家を、知り合いのようだがよく覚えていないU君が訪問し、綾辻に自作の犯人当て小説を読んでもらいたいと差し出す。

 『とある山の中。つり橋「どんどん橋」が崩れ落ち、対岸に一人「ユキト」少年が取り残されてしまう。ところがその後ユキトは何者かに突き落とされ死亡する。橋はかろうじてロープで繋がっているだけでとても人が渡れる状態ではないし、他から近付くこともできない。犯人は誰でどうやって殺したか?』

 犯人は「猿」。猿が残酷なユキト少年に仲間を怪我させられたので復讐した。劇中では猿の会話を人間のそれのように描写したが、一言も人間だとは書いていない。猿なら崩れかけたつり橋でも悠々渡れる。

 綾辻はこんな謎解きは卑怯だと文句を言うがU君は取り合わず、やがていつの間にか姿を消していた。



・第2話「ぼうぼう森、燃えた」

 1994年1月1日。綾辻の前にまたU君が現れ、再度綾辻に自作の犯人当て小説を差し出し挑戦してきた。

 『ニッポンのどこかにある「ぼうぼう森」。そこでは野犬の二つのグループが対立していた。そしてある時、片方のグループのリーダーの犬が殺される。殺したのは誰か?』

 犯人は犯行のためには色を見分ける必要があったが、犬は色盲なのでどの犬も犯行を実行できなかったことになり、綾辻はまたしても犯人を指定できない。実は真相は「犬の群れの中に、幼少の頃犬に誘拐されて犬と一緒に暮らしている『人間』の少年がいた。その少年が殺した」という物だった。綾辻は激怒するが、かつて自分が学生時代に似たようなノリの凝りまくった犯人当てクイズを作ったことを思い出すのだった。



・第3話「フェラーリは見ていた」

 1995年11月。綾辻は旧知の編集者夫妻のセカンドハウスに招待されてくつろいでいたが、編集者の奥方から近くの村で起きた「猿殺し」事件の話を聞かされる。

 ある男性が都会から田舎に引っ越してきてのんびりと暮らしていた。その人物は引っ越してから知人のフェラーリを買い取ったというので有名だった。しかし、ある日可愛がっていたペットの猿を何者かに殺されてしまったのだという。綾辻たちは猿殺しの事件の日の状況を聞いて色々推理するものの、特に結論も出ることなく終わる。

 翌日、綾辻たちは帰り道に「フェラーリ」というのがスポーツカーの事ではなく、「フェラーリという名前の馬」だった事を知る。その事により、綾辻たちは猿殺しの犯人を特定した……、はずだったが、あとから解った真相は、推理作家の机上の推理とは全然違う平凡な物だった、というオチ。



・第4話「伊園家の崩壊」

 1997年7月。綾辻の大先輩に当たる作家「井坂(イサカ)」氏が綾辻に連絡してくる。井坂氏の隣に住んでいる「井園(イゾノ)」家で殺人が起きたため、調べて欲しいというのだった。

 井園家は、家長の民平(タミヘイ)、その妻・常(ツネ)、長女・笹枝(ササエ)、長男・和夫(カズオ)、次女・若菜(ワカナ)、ササエの夫・福田松夫(フクダマツオ)、息子の樽夫(タルオ)、の七人による、かつては幸せな一家だった。しかしある日ツネが通り魔的殺人事件を引き起こして自殺、タミヘイはショックでアル中になり挙句に凍死、マツオは女遊びに走り、カズオはグレ、ワカナは事故で歩けなくなり、タルオはいじめを受け、ササエは薬物常習者となり、と、完全に家庭は崩壊していた。

 そんなとき、ササエが家の二階で何者かに殺されたが、二階に出入りした者は誰もおらず、しかし現場に凶器は無いため自殺ではありえない。犯人は誰か? さらにそのあとワカナも何者かに毒殺されてしまう。ワカナを殺したのは誰か?

 綾辻は井坂先生の書いた事件のあらましを読み真相を言い当てる。ササエは自殺で、ツネの事件で負った賠償金を払うため、他殺に見せかけて自死し生命保険金を払わせるつもりだった。凶器の刃物は猫に結び付けてあり、猫と一緒に部屋の外に運び出された。ワカナも人生に疲れての自殺。

 事件後。タルオはいじめっ子に反撃しようとして逆襲されて死に、カズオはバイクの暴走で事故死、マツオは駅のホームから転落して死んだ。



・第5話「意外な犯人」

 1998年12月。またまたU君が綾辻の前に現れ、ドラマ「意外な犯人」を録画しているテープを差し出す。それは1994年12月24日に放送されたテレビドラマで、綾辻有栖川有栖法月綸太郎の三人が原案を提供した犯人当てドラマの一つであり、ドラマには綾辻も出演しているという。綾辻は全く記憶にないが、U君の勧めで自作品を自分で犯人当てすることになった。

 『テレビ局。関係者が綾辻行人(役の俳優)が考えた原案をもとにドラマを作るための打ち合わせをしていると、シナリオライターと、綾辻が殺されてしまう。犯人は誰か?』

 綾辻は画面に映っている人間には犯行は不可能だったが、『画面に映っていない人物=このドラマを撮影しているカメラマン』が犯人だと推理する。しかし回答編で、確かに犯人はカメラマンだったが、その役を演じていたのは綾辻行人自身だった。綾辻が出演しているというのは、「綾辻役の俳優が登場している」のではなく、文字通り作家の綾辻行人が出演していたのだった。


感想

 評価は◎(面白い!)

 綾辻行人作品を読んだのはこれが初めてだったのですが、結構面白くて満足しました。本格的な探偵物ではなく、作者自身を主役に据えた軽いユーモア小説風ではありますが、叙述トリックを駆使しまくっており、謎解きについては一級品でした(作品の方向が真面目かどうかはともかく……)。



・第1話「どんどん橋、落ちた」

 小説の中の小説という形での犯人当て。きちんと「読者への挑戦」が用意されている本格的な物ですが、真相が「猿が犯人」とか、そんなん解るか(笑) 

 しかも作者(の分身)が出題者にこんな問題有りか、と突っ込んでいる(笑) この作品は、「読者を騙せれば、もうそれで良いんだろ」という叙述トリック物についての、推理作家による自虐ギャグ話と受け取りました。あと、この作品の謎解きを見て、これ以降の作品で真面目に犯人を推理する気も無くなりました(笑)



・第2話「ぼうぼう森、燃えた」

 第1話の「犯人は人間のような描写されていた動物」という叙述トリックのそっくり裏返しで、今度は「犯人は動物のように描写されていた人間」というタチの悪い引っ掛けクイズ。ふざけんな(笑)

 終盤に綾辻行人の学生時代の回想という形で、推理小説研究会での犯人当てクイズ例会で、超絶凝りまくった作品を出題して正解者ゼロで勝ち誇っていたら、「こんなのは袋小路への道標だ」と評価されたというエピソードが添えられています。つまるところ、本作は「叙述トリックもやり過ぎはやめようぜ」という、作者からの同業者への苦笑い交じりのメッセージのような気がする一作です。



・第3話「フェラーリは見ていた」

 またも動物絡みの叙述トリック(笑) 今回は「フェラーリ」とだけ描写されていた物が、おなじみのスポーツカーではなく「フェラーリという名前の馬だった」という、またしても読者の固定観念をあざ笑うような作品。事件の真相は、綾辻たちの推理したような複雑な物ではなく、もっと単純な事件だった、という脱力気味のオチがまた妙な味わいを出しております。



・第4話「伊園家の崩壊」

 謎解き以前に設定だけでクソ笑えた一作(笑) キャラ名を見ると一目瞭然ですが、舞台となる家族は「サザエさん」のパロディで、しかしあの一家にそっくりな井園家には目もそむけたくなるような不幸が降りかかった挙句殺人事件が起きる、というブラック極まりないパロディとなっております(笑)

 構成は、イササカもとい井坂先生が小説風に書いた事件のレポートを、知人の綾辻が読んで犯人を推理する、という形式になっていますが、「井坂先生が書いた文章なので、微妙に井坂先生の思い込みが入っている」みたいなことになっているのがポイント。まあもっとも最初からまともに推理する気なんて無かったのですが(笑)

 事件解決後、イゾノ家に残った家族も結局全員死んでしまう、という最後まで救いもへったくれも無い黒さが却って痛快でした(笑)



・第5話「意外な犯人」

 今度は小説内小説ではなく、小説内ドラマで謎解きする、という作品。本作品だけは、何故か特に考え込むことも無く、自然と「これがドラマなら、画面には映ってはいないけど、映しているカメラマンがいるだろ」と答えが浮かんできました。もっとも、それが綾辻行人自身という答えは当てられませんでしたけど。



 まあはっきり言って全て無茶苦茶な叙述トリック尽くしで読者をおちょくっている、ある意味問題小説の詰め合わせなわけですが、全体に流れる妙なユーモラスさ、作品のテンポ、謎解きの妙、などは気に入りました。初の綾辻作品でしたが、この作者とは相性が良いような気がします。もっとも、他の「真面目な」作品を読んだら全く評価が異なるかもしれませんが(笑)
 

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どんどん橋、落ちた