【推理小説】感想:小説「妖盗S79号」(泡坂妻夫/1987年)

妖盗S79号 (文春文庫)

http://www.amazon.co.jp/dp/4167378043
文庫: 461ページ
出版社: 文藝春秋 (1990/06)
発売日: 1990/06

【※以下ネタバレ】
 

芸術を愛し、血を見ることの嫌いな神出鬼没の怪盗S79号―。その手口は摩訶不思議と言うほかはなかった。観客の見守る舞台の上から、小学校の運動会場から、美術館から銀行から、警察の厳重な警戒をあざ笑うかのように、次々と予告通りの名品を奪い去ってゆくのである。果してS79号とは何者なのか?奇想天外の連作推理。

 
 

あらすじ

 世間を騒がす怪盗「S79号」。その手口は奇想天外・摩訶不思議で、警察の厳重な警備をものともせず目的の物を盗み去ってしまう。また目撃者によれば、絶世の美女とも美男子とも言われ、性別すら明らかではない。S79号専従捜査員の東郷警部と部下の二宮巡査部長は、何度もS79号を捕えようとするものの、その度に取り逃がしてしまい、毎回歯噛みするばかり。

 最終話で、東郷と二宮は、百年前に世間を騒がせたという盗賊「隼小僧」が盗んだ美術品が百年ぶりに世に現れたと知る。そして隼小僧とS79号との関係を連想して、売り主である岩手の寺の住職を訪ねる。実は寺の百年前の住職は、警察に追われていた隼小僧をかくまい、盗んだ品を寺に隠したのだという。それは寺とその周辺の美しい自然を買収などから守るため金が必要になると見越しての事だった。事実、そういった金のおかげで、寺の周辺の美しい自然は百年間守り続けられていた。

 現住職も過去からの遺産に頼るばかりではなく、自分たちも未来のために資産を残そうと考えており、隼小僧並みの盗みの技量を持つ双子の男女がS79号を名乗って美術品を集めていたのだった。事実を知った東郷と二宮はS79号を追うのを止める。やがてS79号の活動中止宣言が出され、東郷と二宮が昇進しておしまい。
 
 

感想

 評価は○(結構面白い)

 「亜愛一郎」シリーズなどで知られる泡坂妻夫の連作短編集。タイトルこそ怪盗が主役のように見えますが、実際はS79号を追い回す東郷警部と部下の二宮巡査部長が主役のユーモラスな作品で、いかにも泡坂妻夫風味です。

 S79号逮捕に執念を燃やす東郷警部は、それが高じてS79号を神格化してしまい、他人がS79号を悪く言うとそれに反論するなど、怪盗を捕まえたいのだかファンなのだか解らないような状態になっています。そんな暴走気味の上司を部下の二宮巡査部長が適当におだてたり落ち着かせたりしながら捜査するのですが、いつもうまく怪盗に出し抜かれてしまう、というコントのようなストーリーになっています。

 各作品は「どうやって盗むのか」という点に焦点を当てた話もあれば、全然関係ない要素であっと驚かすものもあり、楽しみ方も様々。

 全12話の連作構成で、最終話では、そこまでにさりげなく用意されていた伏線が一気に回収され、泡坂妻夫らしい安心の大団円を迎えます。ジャンルとしては、推理小説とかピカレスクロマンとかではなく、気軽に楽しめるユーモア小説というのが一番正しいと思われますが、500ページ近い大作にもかかわらずすっと楽しめる好作品でした。



 以下個々の作品の感想も。


第1話「ルビーは火」

 海水浴場でルビーが盗まれてしまう。しかも周囲にいた人間は誰も宝石を身に着けていなかった。犯人はルビーをどこに隠しどうやって回収するつもりなのか?

 宝石を入れた容器を潮の流れに乗せて……、というのはちょっと無理っぽい気が……


第2話「生きていた化石」

 幻の貝の貝殻がデパートで展示されることになり、東郷警部はこれをエサにS79号を逮捕しようともくろむが……

 ヤシガニを利用して貝殻を盗むとかふざけているとしか思えません……


第3話「サファイアの空」

 S79号は女子高生の狂言誘拐を利用し、高価なサファイアを盗もうと計画する。そしてサファイアを風船に括り付けた容器に入れさせて空に離させるが……

 実は容器は風船ではなく同じ籠に入っていた伝書鳩に結び付けられていた。というオチ。ちょっと面白い。


第4話「庚申丸異聞」(こうしんまるいぶん)

 実験的な舞台をウリとする演出家が、歌舞伎「三人吉三廓初買」を舞台化することになった。そしてたまたま東郷と二宮はその舞台を見ることになったが……

 異色作。終盤まで演劇が延々と続くだけで何が事件なのかさっぱりわからない。最後に「舞台に使われていた刀や小判が本物で、それが途中で誰かに盗まれた」と解るというオチ。


第5話「黄色いヤグルマソウ

 東郷警部はS79号の新しい盗みの手口が、宝石を花の種と一緒に風船に括り付け、花が成長して開花したらそれを目印に宝石を回収しに行く、という物だと気が付く。そして、とある小学校にも花が咲き……

 風船に括り付けた宝石を見つけて回収しに行く、とか、ある意味ファンタジーみたいなお話。謎は「多数の警官が小学校を包囲していたはずなのに何故居ないのか」という物。実はS79号逮捕にかこつけて近くに集まっていた暴力団員を一網打尽にした、というオチ。確かに伏線は有りましたけどねぇ。


第6話「メビウス美術館」

 高名な画家の作品を展示する二つの美術館に、同時にS79号の予告状が届く。東郷警部らは張り込みを開始したが……

 これは面白い作品。美術館の一室を売店のように見せかけ、本物の絵画に値札を付けて、複製品の売買のように見せて堂々と盗み出す、というアイデアが秀逸です。


第7話「癸酉組一二九五三七番」(みずのととり-)

 怪しい男が富くじの当り券を換金しに現れる。しかし券は間違いなく本物のため仕方なく金を渡すものの……

 これは傑作。くじの券自体は本物(ただし外れ券)で、当選番号を記した書類の方が偽物にすり替えられていた、という発想の逆転がお見事。


第8話「黒鷺の茶碗」(くろさぎ-)

 二宮の父親が急死し、葬儀でてんてこまいのところに、さらにS79号から二宮家が所有する「黒鷺の茶碗」を狙うとの予告が届く。黒鷺の茶碗は狙うような価値もないただの茶碗の筈なのだが……


 土蔵の門にかかっていた古臭い錠前こそが貴重な美術品で、犯人(S79号ではない)の真の狙いだった、という話。なかなかの一作です。


第9話「南畝の幽霊」(なんぽ-)

 父親の遺産で悠々自適の生活を送る男。しかし自宅に秘蔵していた高価な仏像が消えてしまう。東郷警部はそれこそS79号の犯行と確信するが……


 男の妻が犯人だった、というオチがなかなか良い。高価な仏像を、男の浮気への罰として、叩き割って風呂の焚きつけにしてしまった、というくだりがホントに笑えました。


第10話「檜毛寺の観音像」(ひもうじ-)

 偉大な芸術家で美術品の収集家としても知られた男の息子は、父親の才能を全く受け継ぐことなく自宅に引きこもって創作に明け暮れていた。その家にある高価な仏像の複製品らしいものが売りに出されているのが見つかり、東郷たちは捜査に向かうが……

 謎は「収集されているはずの重要文化財クラスの美術品が、盗まれたはずもないのに何故か見つからない」という物。答えは、持ち主のぼんくら芸術家がそれらの作品を壊して自分の作品に作り替えていた、という酷い物。まあ重要文化財だろうが、個人の持ち物を持ち主がどうしようと勝手、という話でして、美術品愛好家には身の毛もよだつオチかも。


第11話「S79号の逮捕」

 パリで怪盗が大活躍しており、どうならS79号の仕業らしい。東郷と二宮はパリに飛ぶが…


 高名な画家が自作品を家のドアに描いており、S79号が東郷たちの目の前で「家の修理のため」といってドア(実は高価な絵)を持ち出していた、というオチが愉快。



第12話「東郷警視の花道」

 東郷警部たちはS79号を思わせる百年前の怪盗・隼小僧の調査のため岩手の寺に赴くが……

 意外にもしっかりしたラストでした。
 

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