【推理小説】感想:小説「思考機械の事件簿I」(ジャック・フットレル/1977年):古典だが読み物として結構面白い

思考機械の事件簿 1 (創元推理文庫 176-1 シャーロック・ホームズのライヴァルたち)

http://www.amazon.co.jp/dp/4488176011
思考機械の事件簿 1 (創元推理文庫 176-1 シャーロック・ホームズのライヴァルたち) 文庫 1977/7/15
ジャック・フットレル (著), 宇野 利泰 (翻訳)
文庫: 358ページ
出版社: 東京創元社 (1977/7/15)
発売日: 1977/7/15

【※以下ネタバレ】
 

《思考機械》の異名をもつ名探偵ヴァン・ドゥーゼン教授の活躍を描く名作を選りすぐった本格ファン垂涎の傑作コレクション! 「《思考機械》調査に乗り出す」「謎の凶器」「焔をあげる幽霊」「情報洩れ」「余分の指」「ルーベンス盗難事件」「水晶占い師」「茶色の上着」「消えた首飾り」「完全なアリバイ」そして「赤い糸」の全十一編を収録した。

 

あらすじ

 ≪思考機械≫(The Thinking Machine)ことオーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン教授が探偵役となり、数々の事件を解決していく作品集。

 ヴァン・ドゥーゼンは20世紀初頭のアメリカ・ボストンに住み、「哲学博士PH.D.」「法学博士LL.D.」「王立学会会員F.R.S.」「王立学会会員F.R.S.」「医学博士M.D.」「歯科博士M.D.S.」といった多数の肩書を持つ驚異の頭脳の持ち主。

 ヴァン・ドゥーゼンはある時チェスの世界王者のロシア人と対局することになり、それまでチェスのルールを知らなかったにも拘わらず、直前にアメリカのチャンピオンに一日だけ手ほどきを受けただけで、世界王者に圧勝した。敗れたロシア人は、感嘆のあまりヴァン・ドゥーゼンを≪思考機械≫と呼び、それが通り名になった。

 ヴァン・ドゥーゼンは複雑な謎を解き明かすのが趣味であり、知人の新聞記者ハッチンソン・ハッチが持ち込んでくる色々な事件をその頭脳で解決していく。



◆≪思考機械≫調査に乗り出す

 ある俳優は3年前の無名時代の不思議な体験として、とある老人に変装させられた後、薬を盛られて朦朧とした状態にさせられ、何かの陰謀に加担させられたらしいことを語る。ヴァン・ドゥーゼンはそれが遺言状の捏造であると推理し、当事者をすぐさま突き止め警察に突き出す。


◆謎の凶器

 肺の中から空気を吸い出されて死んだと思しき奇妙な死体が見つかる。ヴァン・ドゥーゼンはそれが遺産を巡る事件と見抜く。犯人の使用した凶器は真空状態にした瓶で、それを被害者の口と鼻を覆うように当てて窒息させていたのだった。


◆焔をあげる幽霊

 新聞記者ハッチンソン・ハッチは幽霊が出るという廃屋に取材に向かうが、噂通り焔を上げて光輝く人影を見て仰天する。その廃屋には数十年前、かつての持ち主が財宝を隠したという伝説が伝わっていた。ヴァン・ドゥーゼンは「幽霊」が複数の鏡の反射を利用したトリックで、財宝狙いの犯人が邪魔ものを追い払うために幽霊話を作り出していたと看破する。


◆情報洩れ

 ヴァン・ドゥーゼンはとある富豪から情報漏洩についての調査の依頼を受ける。富豪が投資のため株の仲買人に指示を出すと、ライバルがその内容を全て知っていて、その度に大損をしているのだと言う。指示の内容を知っているのは彼と、指示をタイプライターで速記する女性だけだが、彼女が外に伝える方法も無く、情報が洩れるルートが解らない。ヴァン・ドゥーゼンは速記者がタイプの打鍵音をモールス信号に変換し、電話でこっそり外部に漏らしていたと突き止める。


◆余分の指

 とある外科医の元に女性が現れ、自分の左の人差し指を第一関節から切断してほしいと頼んでくる。医者が断ると、なんと彼女は自ら自分の指先に大怪我を負わせ切断せざるを得なくなるようにする。そのあと、その女性が死体で発見された。ヴァン・ドゥーゼンはこれが大金を巡る陰謀であり、死んでいるのは昨日の件の女性とは別人で、先日指を切断した女性は、元々指先が欠損した女性とすり替わるためにそのような行動に走ったことを解き明かす。


ルーベンス盗難事件

 成金が高価な絵画を買いあさり自宅の画廊に飾っていたが、画廊の改修工事のどさくさの中で5万ドルのルーベンスの絵が消えてしまう。やがて召使が絵を所持しているのが見つかるが、ヴァン・ドゥーゼンはそれが模写だと見抜き、工事中画廊で模写をしていたという画家の家に乗り込む。画家はルーベンスの絵の上に巧妙に絵の具を塗りつけ、別の絵のように偽装して持ち出したのだった。


◆水晶占い師

 オカルトに凝っている富豪は、お気に入りのインド人水晶占い師から、自分が近々殺されると予言される。ヴァン・ドゥーゼンは富豪を自宅から引き離した後、簡単に欺瞞を暴く。水晶は占い師の屋敷の地下に作られた秘密の部屋の状況を映し出す装置であり、占い師はそこで部下に芝居を演じさせ、インチキ予言を水晶に映し出していただけだった。


◆茶色の上着

 金庫破りの名手ドーランは、銀行から10万ドルを盗み出すものの、ミスにより簡単に逮捕されてしまう。しかしドーランは盗んだ大金の行方を白状せず、マロリー部長刑事は困り果てる。ヴァン・ドゥーゼンはドーランと妻を面会させ、ドーランが妻に話した内容から金の所在を突き止めることを提案する。ドーランは妻に茶色の上着を繕う様に頼んだだけだったが、ヴァン・ドゥーゼンは茶色の糸の糸巻きに金の所在のメモが残されていることを発見する。


◆消えた首飾り

 イギリスで高価な真珠の首飾りの盗難事件が発生し、イギリス警察のコンウェイは犯人と思しき男を追って客船でアメリカまでやってくる。首飾りは客船に近づいた小型ボートに持ち込まれたはずだったが、そのボートを調べてみても首飾りは何処にも見当たらなかった。ヴァン・ドゥーゼンは、首飾りは、小型ボートから伝書バトによって犯人の家まで運ばれたと見抜き、無事首飾りは回収される。


◆完全なアリバイ

 深夜殺人事件が発生するが、最有力容疑者は犯行時間帯に歯医者を叩き起こして治療を受けていたと主張、歯医者もそれを肯定する。しかしヴァン・ドゥーゼンは犯人があらかじめ歯医者の家に忍び込んでおき、時計を遅らせていた、と言い当てる。


◆赤い糸

 アパートメント住まいの男が、何度も部屋のガス灯の火が消えてガス中毒で死にかける、という目に会っていた。さらに同じアパートメントで全く関係のない別の女性がガス中毒で死ぬという事件が発生する。ヴァン・ドゥーゼンは犯人はガス灯の配管に息を吹き込んで火を消し、目標の人物を事故に見せかけ殺そうとしていた、という真相を見抜く。


感想

 評価は○。

 ≪思考機械≫ヴァン・ドゥーゼン教授は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、ホームズ物の成功に刺激されて出現した無数の名探偵たちの一人。20世紀初頭の作品群だけに、緻密な論理の組み立てによる本格的な推理要素はなく、謎解きは結構荒唐無稽と感じる作品ばかりである。とは言え、軽い推理読み物としてはなかなかに面白い作品揃いで、満足度も高かった。


◆≪思考機械≫調査に乗り出す

 ヴァン・ドゥーゼンが謎めいた話を聞いただけで、「遺言状に、サインの代わりに×印をつけさせた」というところまで見抜いてしまう様が結構面白い。ヴァン・ドゥーゼンが一人で犯人のところに乗り込み監禁されてしまうなど、他の作品と比べて冒険をしているのが珍しい。


◆謎の凶器

 真空を使って窒息させる凶器とは、もうこれはSFの範疇ではなかろうか。ちょっとどうかと思う一作。


◆焔をあげる幽霊

 最初から幽霊はインチキというのはバレバレなので、どうやってそれを実現させているかの種明かしが見どころ。しかしかなり無理がある仕掛けのような気がする。


◆情報洩れ

 タイプライターの打鍵音をモールス信号の長短に置き換えて通信していた、というオチだが、どうやって長音を表現したのかわからない。また電話交換手がモールス信号に通じている、という設定も良く理解できない、といった疑問を勢いで押し切られてしまう一作。


◆余分の指

 最初に自らの指の切断を希望する女性、という不可思議なエピソードを用意して、話にのめり込ませていく。事件自体は大して面白くないが導入部の上手さの勝利。


ルーベンス盗難事件

 「誰がやったか?」ではなく「どうやって盗んだか?」をテーマにした一作。トリックはわりと単純。


◆水晶占い師

 オカルト話を理性の権化ヴァン・ドゥーゼンがあっさり見破る話。秘密の地下室に脅す相手の自宅をそっくり再現し、そこで芝居を演じて水晶玉に映し出す、という大仕掛けのトリックが楽しい。


◆茶色の上着

 「意外な隠し場所」をテーマにした一作。糸巻きの中にメモを残し、縫物をしているうちにメモが発見される、というトリックは結構秀逸。


◆消えた首飾り

 一番面白い作品。教授が自宅から一歩も出ることなく、伝書バト愛好家グループに電話をするだけで犯人の名前と住所を突き止めてしまう展開が痛快の一言。しかしイギリスで首飾りが盗まれた際、袖口に伸ばしたゴム紐を忍ばせておいて、それに結わえ付けて服の中に隠した、とかそんな事をどうして断定できるのか解らん。


◆完全なアリバイ

 一見不可能犯罪に見えるがネタを聞くとなーんだとなる作品。しかし家の中に忍び込んで壁の時計のみならず懐中時計まで遅らせておく、とか、あまりにも無理があり過ぎるのではないか。


◆赤い糸

 ガス灯が部屋の灯りとして普通に使われている(電気も併用されているが)というのが時代を感じさせる。ごちゃごちゃした展開の割に謎は単純。


 というわけでいずれの作品も何かしら突っ込みたくなる要素は有るものの、読後の感想は満足の一言。こういうクラシックだが素朴な作品が性に合うらしい。
 
 

2019年の読書の感想の一覧は以下のページでどうぞ

perry-r.hatenablog.com
 
 

思考機械の事件溥 2 (創元推理文庫 176-2 シャーロック・ホームズのライヴァルたち)
思考機械の事件簿〈3〉シャーロック・ホームズのライヴァルたち (創元推理文庫)