【デジタルゲーム】感想:ゲーム関連番組「未来を変えた逸品 1983ファミリーコンピュータ」(2023年7月14日(金)放送)

【増補新版】ファミリーコンピュータパーフェクトカタログ (G-MOOK)

未来を変えた逸品 1983ファミリーコンピュータ | BS朝日 https://www.bs-asahi.co.jp/miraiwokaeta/
放送 BS朝日。2023年7月14日(金)よる10:00~10:54

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【※以下ネタバレ】
 

内容

40年前の1983年7月15日 日本中の人々の生活を変えたある商品が発売された。
その名は、“ファミリーコンピュータ”。通称ファミコンは、それまでの日本中のお茶の間の在り方を変え、観るだけのものだったテレビの中に無限の世界、可能性を広げていった。
 
時には、ヒゲの生えた配管工となり、お姫様を救出。
時には、勇者となり、世界に平和をもたらし。
時には、強打者となり、特大ホームランを量産。
あの時、誰しもが、ファミコンに夢中になった。
 
我々を見果てぬ夢へと誘ったファミコン誕生から40年。
この番組は、私たちを彩った名作と呼ばれるソフトの開発に携わったレジェンド達を取材。
ゲームといえば、ゲームセンターでやることが主流だった時代に、シューティング、RPG、スポーツなど、家庭用で前例のないゲームを様々なアイデアやひらめきを持って、家庭に持ち込んだ開発者たち。
それぞれの当時の思い出の地を巡りながら、開発時を振り返り、その熱い想いを紐解きます。
 
当時ファミコンが巻き起こした熱狂が、40年の時を超えて今よみがえる。
そして今なお続くファミコンの系譜、ファミコンが残したものとは・・・。
ファミリーコンピュータ”のその輝かしい功績を振り返ります。

 
 1983年7月15日にファミコンが発売された。

 1970年代後半にインベーダーゲームが大ヒット。しかし当時のゲームセンターは不良のたまり場とみなされていた。そしてゲームが自宅でプレイできるファミコンが登場した。


・竹内昭人(いっき開発者)1985年発売

 「いっき」はサン電子のゲーム。大元はアーゲードゲームでそれをファミコンに移植したもの。当時会社はアーケードの売り上げが減少していてファミコンに軸足を移しつつあり、三か月という短期間で開発することを命じられた。内容はアーケード版に比べて貧弱になっており、8ステージが4ステージに減らされるなどしている。それでも売れてビジネスとしては成功した。出荷本数80万本。



浜村弘一ファミコン通信元編集長)

 ファミコンブームで攻略本がベストセラーに。1986年のベストセラー一位と三位にスーパーマリオブラザーズの攻略本がランク入りしている。

 攻略本が売れた理由の一つが裏技。裏技には三種類ある。

1)バグ
 開発者が想定していない物。

2)開発者用コマンド
 開発者がゲームのキャラを強くしてゲームをテストするためのもの。有名なコナミコマンドがこれ。

3)あえての仕様
 開発者がこっそり仕込んでおきプレイヤーに楽しんでもらうためのもの



・岸本好弘(ファミリースタジアム開発者)1986年発売

 他社の野球ゲームを遊んでいて不満だったので上司に言うと、自分で作れと言われた。川崎球場プロ野球の試合を見ながら画面構成を考えた。当時のパ・リーグのチームを連合チームにして、鉄道会社系のチーム阪急・近鉄・南海を「レイルウェイズ」、食品会社系のロッテと日ハムを「フーズフーズ」にした。出荷本数205万本。



・関雅行(燃えろ!!プロ野球開発者)1987年発売

 出荷本数158万本。バントするとホームランになるという事で有名だが、これはバグだった。当時活躍したヤクルトの選手で大リーグ出身のボブ・ホーナーのパワーを高めに設定したことがバグに繋がった。

 開発中の1986年12月にファミスタが発売されてしまい、それを見て一旦開発をストップ。リアル路線を追求し、視点をバックネット側からセンター側に変えてテレビ中継風にする、選手のグラフィックを可能な限りリアルにする、合成音声を搭載する、ピッチャーが打たれたあと落胆のポーズをとる、等の要素を盛り込んだ。



堀井雄二ドラゴンクエスト開発者)ほか 

 ドラクエIIIの出荷本数は380万本。

 元々は漫画家志望だったが大学でライターの仕事をしていて、卒業してもフリーライターとして活動しつつプログラミングも習得した。そしてゲーセンのゲームは100円玉を集めるのが目的だが、ファミコンなら「物語のゲーム」が作れると思った。しかしRPGは難しいのでストーリーのレールを引いて作ったのがドラクエ。ある意味コンピューターを使った漫画。

 みんなに解いてほしいので、キャラが死んでもゲームオーバーにならずに再開できるようにした。町は江戸時代風にする案もあったが、それだとみんな詳しいので違和感を感じられてしまうのでヨーロッパ風の街並みにしてみた。

 キャラデザは鳥山明、音楽はゲーム好きなすぎやまこういちに依頼。ゲームの曲はとにかく長く聞くので、聞き減りしない曲ということでクラシックになった。音楽は容量の関係で8曲しか入らなかったので、同じ曲でも、ダンジョンを深く潜るほど音が低くなりテンポも遅くなるようにして変化を付けた。



高橋名人

 1985年、eスポーツの先駆けともいえる「全国キャラバンファミコン大会」が開催された。その立役者がハドソンの宣伝マンだった高橋名人

 1982年にハドソンに入社。最初は営業で約一年後に宣伝に移動。コロコロコミックとの仕事で一時間ほどステージを何かをしなくてはならなくなり、ハドソンの新作をデモプレイしたところ子供に大ウケ。この時から高橋「名人」が誕生した。そしてキャラバンで伝説の必殺技「一秒間16連射」を披露した。


 何故「名人」?→ハドソンとコロコロの打ち合わせの中でインストラクターとしての肩書をどうするかという話になり、将棋や囲碁からヒントを得て「名人」となった。

 「逮捕された」という噂の真相は?→イベント会場で「警察署長をするために警察に行く」と言ったところ「警察に行く」しか聞いてもらえず、何故警察に行くのか→逮捕されるからだ→連射は詐欺だった→連射はバネを仕込んでいたとか低周波マッサージ器を仕込んでいた、云々、という流れで噂になってしまった。


感想

 まあまあ面白かった。

 ファミコン40周年を記念した壮大な番組を期待していたので、実際の内容が「開発者インタビュー集」というちんまりした物と解った時にはガクッときたものの、気を取り直して再度見直すと、まあこれはこれでそこそこ面白いな、という気持ちにはなれました。

 まあ、期待しすぎなければそこそこ行けた番組でしたね。堀井雄二氏の「ドラクエは誰でもクリアできる、コンピューターを使った漫画」というナルホド的な証言ももらえましたしね。
 
 

番組概要
未来を変えた逸品 1983ファミリーコンピュータ
2023年7月14日(金)よる10:00~10:54


ファミコン大好き少年:野田クリスタルマヂカルラブリー


【出演】※50音順
岸本好弘(ファミリースタジアム開発者)
関雅行(燃えろ!!プロ野球開発者)
高橋名人
竹内昭人(いっき開発者)
浜村弘一ファミコン通信元編集長)
堀井雄二ドラゴンクエスト開発者)ほか