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感想:NHK番組「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」第2回『原爆誕生 科学者たちの“罪と罰”』

フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿 http://www4.nhk.or.jp/P3442/
放送 NHK BSプレミアム(毎月最終木曜日 21:00〜22:00 放送)。

【※以下ネタバレ】

第2回 『Case02 原爆誕生 科学者たちの“罪と罰”』 (2016年5月26日(木)放送)

内容

人類に功も罪ももたらす「科学」。その知られざる姿とは?今回は、第2次世界大戦中、原子爆弾を誕生させた巨大プロジェクト“マンハッタン計画”のリーダー「原爆の父」ロバート・オッペンハイマーを中心に、核兵器開発に携わった科学者たちの「罪と罰」に迫る。ナチスドイツに先を越されてはならないと始まった開発が、なぜドイツ降伏後も続けられ、広島・長崎に投下されたのか?科学者たちは何を考え、どう行動したのか?

マンハッタン計画の開始

 1938年、ドイツで核分裂反応が発見された。原子核が分裂するときに莫大なエネルギーを発生する反応である。もしこの核分裂を連鎖的に発生させれば、恐るべき新型爆弾が実現可能となる。当時のドイツはナチス政権下であり、新型爆弾を開発する恐れがあった。1942年、アメリカ大統領ルーズベルトは国内の科学者たちの警告を受け、アメリカでの原爆開発計画を了承した。

 司令部はニューヨーク・マンハッタン島におかれ、「マンハッタン計画」がスタートした。リーダーには理論物理学者ロバート・オッペンハイマーが選ばれた。オッペンハイマーは研究拠点を人里離れたニューメキシコ州ロスアラモスに置くことを決め、続けて当代一流の頭脳、エンリコ・フェルミ、ハンス・ベーテ、フォン・ノイマン、といった人々を呼び集めた。一流の頭脳に引かれて、多くの人たちが計画に参加を希望した。



・原爆の理論

 核反応を起こす核物質の第一候補は濃縮ウランで、二つに分けた濃縮ウランを高速で衝突させれば核反応が起きる。しかし、濃縮ウランは製造に手間と時間と費用がかかった。一方、プルトニウムは簡単に入手できたが、核分裂を起こすことがウランより難しかった。核反応を起こすには、プルトニウムを火薬で包み込み、火薬を爆発させプルトニウムを圧縮する「爆縮」を行う必要があったが、上手く爆縮を起こすには、32個に分けた火薬を最大100万分の2秒の誤差という精密さで同時に爆発させる必要があった。



・ドイツ降伏、そして日本への投下

 1944年、欧州で連合軍の大反攻が開始され、ドイツの敗北は確実となった。やがてドイツは原爆を開発していなかったことが明らかとなり、アメリカの原爆開発の大義名分は失われた。しかしオッペンハイマーは、早く現物を完成させて、それを国際社会で管理するようにしよう、と部下たちを説得し、科学者たちはそれに従った。

 1945年5月にドイツが降伏すると、今度は科学者たちは原爆を日本に使うかどうかで二派に分かれた。反対派は、既に空襲で大被害を受けている日本に投下する意味は無く、砂漠か無人島でデモンストレーションをすればいいと主張した。賛成派は、日本の指導者はデモンストレーションなど信じないと考え、またアメリカ兵の犠牲を減らすため投入すべきだとした。そして最終的に科学者たちは原爆の日本への投下を賛成した。

 1945年7月16日、ニューメキシコの砂漠で史上初の原爆実験「トリニティー実験」が実施され、大成功した。その三週間後の8月6日に広島にウラン型原爆リトルボーイが、9日にはプルトニウム型原爆ファットマンが、それぞれ投下された。



・その後のオッペンハイマー

 1945年8月、日本が降伏すると、原爆開発の父オッペンハイマーは戦争を終わらせた国民的英雄となった。そしてその後、科学者として名声を確立、また原子力政策に関わり政治面でも力を発揮する。しかしオッペンハイマー核兵器は国際的に管理するべきと考えていたが、1948年にはソ連が原爆を開発、それに対抗して1952年にはアメリカは水素爆弾を開発した。オッペンハイマーはそういった流れに反発し政府を批判したため、1953年にスパイ容疑で公職から追放された。その後オッペンハイマーは世間から忘れ去られていき、1967年に62歳で亡くなった。

 ドイツ降伏の時点でただ一人ロスアラモスを去ったジョセフ・ロートブラットは、その後核兵器廃絶を訴えるパグウォッシュ会議の創設者となり、初代事務局長を務め、ノーベル平和賞を受賞した。

感想

 まさに「闇の科学史」に相応しいテーマが登場。科学者たちに悪意は無くとも、やった結果は世界を決定的に変えてしまったわけで……、ただ一人マンハッタン計画を去ったジョセフ・ロートブラットが、その後パグウォッシュ会議を創設してノーベル平和賞をもらったという、オッペンハイマーとの対比が面白かった。