【科学】感想:NHK番組「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」『愛と絶望の心理学実験』(2021年3月25日(木))

愛を科学で測った男―異端の心理学者ハリー・ハーロウとサル実験の真実

フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿 https://www.nhk.jp/p/ts/11Q1LRN1R3/
放送 NHK BSプレミアム

【※以下ネタバレ】
 
※他の回の内容・感想は以下のリンクからどうぞ
perry-r.hatenablog.com
 

科学は、人間に夢を見せる一方で、ときに残酷な結果をつきつける。
理想の人間を作ろうとした青年フランケンシュタインが、怪物を生み出してしまったように―
輝かしい科学の歴史の陰には、残酷な実験や非人道的な研究、不正が数多くあった。
そんな闇に埋もれた事件に光を当て、「科学」「歴史」「倫理」に迫るシリーズが帰ってくる。


ナビゲーター/ナレーション 吉川晃司 (ミュージシャン)

 

愛と絶望の心理学実験 (2021年3月25日(木)放送)

 

内容

フランケンシュタインの誘惑(5)「愛と絶望の心理学実験」
放送 2021年3月25日(木)午後9時~[BSプレミアム


愛とは、何か? いかにして生まれ、はぐくまれるのか?


科学史の闇に迫る知的エンターテインメント。今回取り上げるのは世界で初めて「愛」を科学的に実証した心理学者ハリー・ハーロウ。 キスやハグなどのスキンシップには意味が無く、むしろ有害だとされていた20世紀半ば。愛情がいかにして生まれはぐくまれるのかを動物実験で明らかにし、それまでの常識を覆した。ハーロウの研究成果は後の育児にも大きな影響を与えることになる。しかし、その実験は残酷きわまりないものだった…


【ナビゲーター/ナレーション】吉川晃司
【出演】藤澤隆史、上野吉一
【司会】武内陶子

 
 今回のテーマは「心理学者ハリー・ハーロウ」。


●生い立ち

 心理学者ハリー・ハーロウ(1905~1981)は、世界で初めて愛の存在を実験で実証したことで知られる。

 ハーロウは1905年生まれ。幼いころ、母親が病気の兄の看病にかかりきりになったことで愛されていないと孤独にさいなまれ、誌や絵をかくことに夢中になった。やがて名門スタンフォード大学に進学し、詩を書くため英文学を専攻するが、成績はC+(中の上)だったため、文学の道を諦め、心理学専攻に切り替えた。



●サルにも好奇心がある

 1928年、ハーロウは大学院で動物行動学を専門とする心理学者カルビン・ストーンのもとでラットの研究を開始した。

 当時、アメリカの心理学会は、ジョン・ワトソンが提唱する「行動主義心理学」一色の時代だった。ワトソンは、感情や愛情といった目に見えない意識を徹底的に排除し、目に見える行動のみを科学的に分析、全ての行動は、刺激による反応だとして説明できると主張していた。しかし、ハーロウは、ワトソンの行動主義心理学に批判的で、行動主義心理学で明らかになるのは、人間や動物の行動の非常に限られた部分でしかないと考えていた。

 1930年、25歳でハーロウはスタンフォード大学の教授に就任。この頃同じ心理学の研究者だったクララ・メアーズと結婚、2人の子供に恵まれた。

 ハーロウはラットではなく人間に近い霊長類で実験したいと望み、近くの動物園に出向いてサルの観察を開始した。そしてヒヒが人間の女性になついているのを見て、ヒヒにも人のような愛情があると推測した。ハーロウは自分で資金を出し、霊長類研究所を作ってサルを飼育し、実験を行う環境を整えた。

 ある日、ハーロウはオナガザルが部屋の灯りのスイッチで遊んでいるのを目撃し、サルにも人間と似た好奇心を持っているのではないかと推測した。それを証明しようと、ハーロウは複雑な仕掛けのあるパズルを用意して実験を開始した。

 行動主義心理学で考えると、サルに報酬の餌を与えることでパズルを解く時間が早くなるはずだった。しかし正しくパズルを進めるたびに褒美のレーズンを与えると、サルは途中で気が散りパズルに関心を失った。逆にレーズンを与えずに実験してみると、サルはパズルに集中し、短時間で効率的にパズルを解いた。

 ハーロウは論文を発表し、「サルは餌を与えたから学習するのではなく、人が持つ好奇心のような内面的な動機を持つ」とした。つまりサルにも人同様に好奇心があると証明したのである。

 ハーロウはサルの好奇心と知能を実証したことで、アメリカの心理学会で注目を集める存在となった。



代理母実験

 1946年、ハーロウは仕事にかまけて家庭をないがしろにしたことで妻クララと離婚することになったが、二年後の1948年、研究者仲間のマーガレットと再婚した。

 1950年、ウィスコンシン大学霊長類研究所は、以前の3倍の広さの建物に移転した。そして実験用のサルをいつでも調達できるように、サルの人工繁殖を開始した。しかしサルを集団で育てるとすぐに感染症が蔓延するため、子ザルが生まれると12時間以内に母親から引き離し、一匹ずつ檻に入れて育てることにした。

 ここでハーロウは、子ザルの檻のオムツ代わりの布を交換しようとすると、子ザルは布にしがみつき泣き叫ぶことに気が付いた。ハーロウは、この子ザルの行動は、布の柔らかい感触が母親の代わりになっているのではないかと推測した。


 行動主義心理学では、母親と赤ん坊の間には授乳に基づいた関係しかなく、赤ん坊は空腹だからミルクを求め、その為ミルクを与えてくれる母親になつく、としていた。さらにワトソンは、この理論による子育て法を提唱し、子供の行動はすべて親が支配できるとして厳しいしつけを推奨した。母親が子供を抱きしめたりすることは子供を軟弱にするとした。

 この行育児論は、当時の社会状況にもあっていました。当時はポリオなどの感染症が蔓延し、乳幼児の死亡率が高まっていたことから、医師は母子の接触を控えるように求めていたからだった。


 ハーロウは仮説を確かめるためが「代理母実験」を考案した。まず「布で作った柔らかい代理母」と「針金だけで作った代理母」を並べ、布の代理母に哺乳瓶を取り付けた部屋と、針金の代理母に哺乳瓶を取り付けた部屋を用意した。

 そして子ザルを部屋に入れて観察すると、子ザルはほぼいつも布の代理母に抱き着き、たとえ針金の代理母に哺乳瓶を取り付けてあっても、そちらに近づくのはミルクを飲むその時だけだった。つまり飢えや渇きをいやすミルク以上に、子ザルは柔らかく心地よい布に触れることを求めており、母と子のスキンシップこそが愛情を育む重要な要素だと確かめた。ハーロウは、この実験によって目に見えない愛情を科学的に実証した。

 1958年8月31日、ハーロウはアメリカ心理学会会長に就任し、その際にスピーチで、スキンシップによる安らぎが愛情を生み出すと語った。ハーロウのスピーチは心理学会から「愛の本質」というタイトルの論文として刊行された。これは母と子の間には授乳関係しかないと主張してきた行動主義心理学を真っ向から否定するものだった。この内容は、子供とのスキンシップを禁止されていた全米の母親から支持され、ハーロウは時代の寵児となった。



●モンスターマザー実験

 ハーロウは心理学会の頂点に立ったものの、まだ満足せず、さらに研究を続けた。ハーロウはサルの子供は自分の母親に強く依存しているのではないかと考え、母子の絆を実験で確かめようとした。

 そこでハーロウが考案したのが「モンスターマザー」。代理母実験で使った布の代理母に、子ザルを引き離す機能を組み込んであるもので、全部で四種類。

1)激しく揺れる
2)強烈な圧縮空気を発射する
3)子ザルを突き飛ばす
4)真鍮のスパイクが胸に仕込まれ何の前触れもなく突然子ザルを突き刺す

 実験の結果、1)と2)については、子ザルは引き離されない様に代理母により強くしがみついた。3)と4)については、子ザルは引き離されても、恐怖で泣き叫びながら、しかしすぐ代理母のもとに戻って抱きついた。

 この実験は、たとえ虐待する母親であっても、子ザルにとってはその母以外に選択肢はなく、子供は愛情を持ち続けるということを証明した。この実験は、親に虐待され、トラウマを抱えた子供に対する心理学者の見解を革新的に変えた。



●絶望の淵

 ハーロウは、さらに、仲間や家族の間にある愛が如何にして生まれるのかを実験した。子ザルを「絶望の淵」と名付けた、ピラミッドを反対にしたような入れ物の中に入れ、脱出不可能な状態にして観察するというものだった。子ザルは最初は脱出しようとするものの、それが不可能だと解ると、底でうずくまって全く動かなくなった。実験は最長で1年行われ、この実験により、サルは仲間との関係性を断ち切ると抑うつ状態になるということが判明した。

 1967年、ハーロウは、アメリカ国内で科学者に与えられる最高の栄誉「アメリカ国家科学賞」を心理学者として初めて受賞した。ハーロウ62歳のときだった。



●動物保護運動の高まり

 その4年後の1971年8月11日、ハーロウは妻・マーガレットを52歳の若さで乳がんで失くし、抑うつ状態に陥った。ハーロウの元妻クララが助けの手を差し伸べ、1972年3月ハーロウは67歳でクララと再婚した。ハーロウはその後も研究を続けたが、パーキンソン病を発症し、1974年にウィスコンシン大学を退職した。

 この頃、アメリカ国内で動物愛護運動が大きな動きとなり、ハーロウの行った実験は非難にさらされることになった。ハーロウは猿を犠牲にすることで、大勢の子供を救えると反論した。やがてハーロウはパーキンソン病が進行して寝たきりとなり、1981年12月6日に死去した。享年76。

 その4年後の1985年、アメリカで実験動物の保護のための「改正動物福祉法」が制定された。これは霊長類に対して、実験で苦しめてはならないとする法律だった。これはハーロウの研究により、霊長類にも人と同様の心があると解ったことによるものだった。


感想

 サブタイトルを見てもっとえげつない話かと身構えていましたが、今までに放送された数々の酷い話と比較すればおとなしめな方でした。まあ「絶望の淵」実験は子ザルが可哀そうだというのはありましたが、今までの闇の事件簿のラインナップが酷いのばっかりだったからなぁ……
 
 
 

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